岡山県立美術館「極楽へのいざない」 |
さて、そんな合間に、これだけはどうしても…という美術展を見てきました。岡山県立美術館で開催中(12月8日まで)の特別展『極楽へのいざない~練り供養をめぐる美術』がそれ。
「練り供養」とは、面と衣装をつけたコスプレ菩薩たちがパレードするお寺の行事。奈良の當麻寺がいちばん有名ですが、岡山県では誕生寺(久米南町)や弘法寺(瀬戸内市)でも行なわれています。平安時代中頃から流行り出した浄土思想に基づいた行事で、西方浄土の極楽から阿弥陀如来さま御一行がお迎えに来てくれる・・・そんな臨終を願う信仰心を表現した一種の宗教劇です。私はまだ実際には見たことがありませんが、ニュース映像などではちらっと目にしています。生身の仏像たちが大挙して動いている!って感じのインパクトある行事ですよね。
また、今年春には奈良国立博物館で「當麻寺展」を見学し、そのあと現地、當麻寺も訪れて、より一層この方面に関心を持つようになりました。それに、浄土思想は極楽だけでなく地獄の内容も詳細に説く教義。このところ、京都・六道珍皇寺訪問をきっかけに地獄ネタにハマっていた私としては、こちら方面からもこの特別展を楽しみにしていました。代表的な地獄絵図が複数出品されるらしい。ワクワク。
さて、実際に訪れた会場では、予想以上の充実ぶりに、まさにどっぷり極楽気分でした。しばしば本に載っている国宝「地獄草紙・安住院本」、実物だ~!! これって、あの岡山の安住院にあったものなんだそうです。ウチの近く、操山西麓にあるお馴染みの寺。少し前、たまたま地獄絵の本を見ていてこのことを知った時には、あまりの驚きに、え~っ!ホント~!と思わず声を立ててしまいましたよ。昭和25年に国に譲渡したとのことですが、それまで、そんなすごいお宝があのお寺にあったなんて! 安住院ってすごいお寺だったんですね!
↓ 安住院(岡山市中区国富)の仁王門(瓶井の赤門)
「地獄草紙・安住院本」の展示は17日までで、会期後半は「餓鬼草紙・河本家本」に入れ替わります。こちらもこの方面の超有名な絵巻物。同じく国宝です。今回、図録を読んでいて知ったのですが、この「餓鬼草紙」もなんとなんと、元は岡山市にあったものだとか! 岡山城下の京橋近くに居を構えていた豪商・河本家に伝来されていたもので、昭和22年に国が買いとったのだそうです。
「地獄草紙」も「餓鬼草紙」も後白河法皇が作らせコレクションしていた絵巻物の一部で(つまり平安末期~鎌倉初期の作品ということになる)、なんでそんな由緒あるすごいものがローカルな岡山にあったのかは不明だそうです。後白河法皇の絵巻物コレクションといえば、私はすぐに「吉備大臣入唐絵巻」が頭に浮かびますが・・・。もっとも、「吉備大臣~」のほうは岡山とはまったく関係なく、北陸の小浜を経て米国ボストンに流出しています。
話が逸れました・・・。えーと、つまり、この特別展では2つの岡山ゆかりの国宝地獄絵が里帰り展示というわけで、岡山の地獄好き必見! できれば会期後半にもう一度見に行きたいと思っています。特別展の図録は大抵値段が高く、購入を躊躇することもしばしばですが(この特別展のも2200円)、今回はこれら岡山ゆかりの国宝地獄絵のみを取り上げた十数ページほどのパンフレット(全頁カラー)も用意されていて、値段はなんと200円。これ絶対買いですよ! 美術館も気の利いたことしてくれますね。この特別展は京都と岡山、2ヶ所での巡回展示ですが、たぶん岡山会場のみでのオリジナル冊子と思われます。
そのほかにも多数の地獄絵が出品されていて、閻魔大王はもちろんのこと、司録・司命、人頭杖、じょうはりの鏡、賽の河原のお地蔵さん、奪衣婆、牛頭馬頭などなど、地獄オールスターの面々、おなじみ地獄グッズの数々を見付けてはウハウハ楽しみ(?)ました。そして矢田寺の練り供養の行列を描いた絵では、小野篁発見~! ここの練り供養は他の寺のとはちょっと違っていて、阿弥陀様や菩薩様などの極楽メンバーだけでなく、閻魔様や赤鬼青鬼などの地獄メンバーも登場するらしいのです(満米上人の地獄巡りのエピソードに基づいている)。知らなかったな~。
嬉しさのあまり、思わず地獄の話ばかりしてしまいましたが、もちろん極楽系の美術もそれ以上に多数出展されています。いくつかの當麻寺曼荼羅(の複製)、聖衆来迎図、その立体作品(木彫群像)、山越阿弥陀図、練り供養に使う菩薩面などなど、てんこ盛り。岡山の寺々からの出品物も目立ちます。改めて、岡山のお寺ってすごいんだ~!
特に岡山からの目玉出展品は、弘法寺(瀬戸内市牛窓町)所蔵の木造阿弥陀如来立像。鎌倉時代作のこの像は立ち姿なんだけど足先がなく、ちょうど膝くらいの位置の衣の部分までしかありません。像の内部がくり抜かれていて、人が下からすっぽり被れるようになっている。ねり供養の行事の際に使われるのだそうです。鎌倉時代の貴重な像を実際に使っちゃうなんて、なんと贅沢~!
↓ 弘法寺(瀬戸内市牛窓町)山門
会場ではその際のビデオ映像が流れていました。阿弥陀像は普通の人間より大きく作られているので、人がこれを被ると2メートルをはるかに超す巨人のようになります。両脇に介添え人がいるにしても、被る人はそうとうな重労働と思われます。さすがに長い距離を歩いたりはせず、パレードする菩薩たちを迎えて鷹揚に会釈するくらいの役割ではあるようですが、こんな形で生身の阿弥陀様がねり供養に登場するのは、全国でもここ弘法寺だけなのだそうです。岡山ってすごーい!
ビデオ映像で見ると、昔テレビのバラエティ番組などによく登場していた大男の着ぐるみ(名前は忘れた)に動きなどが似ていて、何だか微笑ましく思えてきました。そういえば、ぬーぼーと山から顔を出す山越阿弥陀図も、何となく特撮怪獣ものみたいな雰囲気で面白いな~と思っていましたが。 阿弥陀様、不謹慎なこと言ってスミマセン。でも、遠い存在だった阿弥陀如来にグッと親しみが湧いてきましたよ。
この特別展の監修者でもある關信子氏の講演を聴いたこともあって、ゆうに4時間も県美に入り浸って、奥深い極楽・地獄ワールドを堪能しました。ローカル岡山でこんな内容の濃い展覧会を見られるとは! まさに、ごくらく、ごくらく~、とうなりたくなるひと時でした。