2024年 01月 03日
my初詣 |
明けましておめでとうございます。
毎年、初詣を兼ねてお正月にどこかしらの寺社を訪問することにしています。今年は矢掛町東三成の「吉備大臣宮」を訪ねました。
上の写真は、吉備大臣宮の神庫の屋根を飾る龍の装飾です。元々は、建て替え前の拝殿の大棟を飾っていたものだそうです。辰年の初詣にふさわしいお宮をチョイスできて嬉しいな。
矢掛町の吉備大臣宮(+吉備真備公園)と真備町の吉備寺(+まきび公園)は、『おかやま街歩きノオト』第12号(2011年発行)で取り上げて以来、何度かお正月にも訪ねています。遡って調べてみると、2013年、2014年、2015年の新春に訪問していました。もう10年くらい前のことだったんですね。もちろん正月以外の季節にも訪ねており、大水害から数ヶ月経った2018年晩秋のほか、2022年夏には仔連れ狛犬取材で再訪しています。ただし、この2回は吉備大臣宮には立ち寄っていません。
↓ お正月の吉備大臣宮(2014年)
聞くところによると、近年の吉備大臣宮は、墨書き劇画タッチで吉備真備を描いたイラスト入りの御朱印が評判なんだとか。この神社は普段は無人なので、兼務する縣主神社(井原市)で入手できるそうです。
縣主神社は井原鉄道の駅からかなり離れていますが、井原市のコミュニティバスで行けることが分かり、昨年11月に別口の取材のついでに寄ってみました。
社務所で尋ねると、現在、吉備大臣宮の御朱印としては文字だけの普通の御朱印と書置きの切り絵御朱印は授与しているが、直書きのイラスト入り御朱印は出していないとのこと。こちらの宮司さんによる手書きイラスト入り御朱印は、今や全国レベルで大人気で(特に猫モチーフのもの)、自分のお宮の御朱印だけで手いっぱいなのでしょう。
が、正月三が日だけは吉備大臣宮現地でイラスト入り直書き御朱印を授与します、と教えてくれました。そこで、このお正月に喜び勇んで駆け付けたわけです。
新年仕様の文字だけ御朱印、切り絵御朱印、直書きイラスト入り御朱印がありましたが、やはりここは直書きイラスト御朱印でしょう。社務所では御朱印帳を預ける人が次々と…。一旦預けて後日受け取りor郵送なのかなと思っていたら、40分~1時間後くらいででき上るとのこと。聞けば、宮司さんは自分のお宮を離れるわけにいかないので、そのお父さん(先代宮司?)がこちらに来られていて、御朱印とご祈祷に対応しているそうです。
先代さんもイラストを描けるの?と驚きましたが、完成した御朱印を見ると、イラストは宮司さんの原画から起こした精巧なスタンプでした。それでもカッコよく文字を書いたり彩色したりしなければならないので、けっこうな手間と思われます。次々に御朱印の「注文」が入るし、そのくらい時間がかかるのも頷けますね。
↓ いただいた吉備大臣宮のイラスト入り新年特別御朱印
吉備大臣は平安貴族風装束で、歴史上の吉備真備というより吉備大臣入唐伝説バージョンかな。文字も達筆で素敵。わざわざ赴いた甲斐がありました。
ところで、あてにしていた吉備真備公園内のうどん屋「館址亭」がこの日はまだ正月休み中だったので、待ち時間がまるまる手持無沙汰になってしまいました。そこで、駅からここに来る途中にある「金勢大明神」を、この空き時間を使って探索してみることにしました。あとで時間があったら寄ってみようとは思っていたので…。
井原鉄道・三谷駅から吉備真備公園・吉備大臣宮への道中、ちょうど半分くらいの地点に「金勢大明神」と刻まれた石柱が建っているのです。以前からずっと気になっていました。
↓ 他の石造物と共に道端に立つ「金勢大明神」の石柱(右端)。2013年1月撮影。
金勢大明神とはわが国の代表的な性神のひとつです。この石柱自体が信仰の対象なのか、あるいは道標のような案内表示なのか。
そこで役に立つのは、岡山民俗学会による『岡山県性信仰集成』(1964年)。60年も前の本ですが、この手の民間信仰スポットが小さなものまでつぶさに採取されていて(ほとんどが写真付き)、現在でも有益な情報源なのです。ここもしっかり載っていました。
それによると、この石柱は道祖神的役割を兼ねているのだろう、とのこと。この道は旧西国街道にあたり、そこから山側に入っていく分かれ道の角にこの石柱は立っているのです。街道から山側が元々の集落とみられるので(今は街道の反対側つまり小田川のほうにも民家が建っているけれど)、ここが集落の入口というわけですね。
さらに同書には「その碑石の奥の山中に金マルさまが祀ってある」とも書かれており、写真も掲載されています。ちなみに「金丸さま」も同様の性神で、金精(金勢)さまの別名と言っていいでしょう。
以前この情報をもとに、集落の山際の民家の裏などを覗いたりして探したことが一度あります。が、それらしいものは見当たらず…。何十年も前の情報だからなあ、廃れてしまったのかも、と思い、それっきりに…。
再チャレンジである今回は、同書に「山中」と書いてあったのに注目し、もう少し奥まで探索してみることにしました。グーグルマップなどでは、いちばん山寄りの民家のあたりで道が途切れていますが、国土地理院の地図で見るとその道は山奥までずっと続いています。同書の写真では、金マルさまの祠は石積みの土台に載っているので、祠は崩壊消滅していたとしても、土台の石積みくらいは残っているのではないか、と予想しました。
民家が途切れると舗装道路は土の道になります。左に折れて山の中に入っていく分岐道もありましたが、違うような気がしたのでそのまままっすぐ進みました。かつては民家があったような2~3軒分くらいの敷地の脇を通り過ぎ、少し行くと山道の右脇に、写真と同じような石積みと小さな祠が…。やった~!見つけました。
祠は瓦製で、前面が開口しており、その中に供え物の木製陽物(男根像)が5本置かれています。同書には、供え物の陽物14~15本とあり、数はだいぶ減ったようですが、それでもいまだ健在なのが驚き。真ん中の3本はかなり新しそうに見えます。
↓ 金マルさまに供えられている陽物。
表面に垂れた蝋がこびり付いているのが何だか生々しい。
今でもお世話している人がいるのでしょうか。同書によると、60年前の当時でもちょいちょい参拝者はあるとのことで、地元老人いわく、子供の頃(明治~大正頃?)は十数軒の講仲間が組織されていて、毎年4月には回り持ちの当番の自宅でちょっとした儀式をしたとか。性神としての役割のみならず、子どもの寝小便を止める目的でお詣りする親もあったそうです。
これまでも『岡山県性信仰集成』をもとに見に行ったスポットは色々あり、中には『おかやま街歩きノオト』で取り上げたところも…。第16号の青江神社(倉敷市酒津)内・金山神社や、第21号の穴場神社(倉敷市中島)がそれです。その他にも、岡山市南区彦崎の大日庵の金丸さま(→コチラ)、同市中区中島の男根型墓石(→コチラ)、笠岡市金浦の陰陽石神社(→コチラ)、倉敷市児島小川の小川八幡宮内・金間良大権現(→コチラ)などは当ブログで紹介しています。
こうしてみると、意外と残っているという印象です。もちろん、探しても見当たらなかったケースもありますが…。例えば、倉敷市味野本村の大師堂の陰陽石型石灯籠とか、玉野市八浜町波知の波知八幡宮内・カナマロ様の供え物陽物、岡山市中区円山の石高神社内・金麿宮の供え物陽物は姿を消していました。
逆に、同書には載っていなかったけど、たまたま見付けたというのもあります。吉備大臣宮を兼務している縣主神社の境内片隅には、こんな素焼き製陽物が2体ありました。
境内にある雑多な小祠などを寄せ集めた一画です。いずれ処分されてしまうのでしょうか。
こういう形で祀られていたんですね。木製祠が壊れるか何かして片付けられてしまったのかな。神社で聞いてみたらよかったのかも。
新年早々、妖しい話題満載になってしまいましたが、子孫繁栄・豊穣のめでたくもありがたい信仰ということでご容赦を…。
by machiarukinote
| 2024-01-03 21:00
| 街歩きレポート
|
Comments(2)
こんにちは。
金勢大明神という神社なら久米南町と赤磐市の境にもありますよ。
かなり山深い場所なので、車じゃないと行くのは難しいと思いますが、子授けの神様と聞き夫と一緒に行きました。
願いが叶った人が男性器を模した供え物を奉納しています。
私たちには後利益がなかったのですが、変に隠さず堂々としてるのも人気?かなと思いました。
👉地図です
https://www.okayama-kanko.jp/spot/11216
金勢大明神という神社なら久米南町と赤磐市の境にもありますよ。
かなり山深い場所なので、車じゃないと行くのは難しいと思いますが、子授けの神様と聞き夫と一緒に行きました。
願いが叶った人が男性器を模した供え物を奉納しています。
私たちには後利益がなかったのですが、変に隠さず堂々としてるのも人気?かなと思いました。
👉地図です
https://www.okayama-kanko.jp/spot/11216
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アレグリア様、コメントありがとうございます。
赤磐市の金勢大明神は、岡山県内の性神としては最も知られているスポットですよね。お察しの通り、車でないと行けない所なので私はまだ行ったことがありません。ウチは家族も車を運転できないので・・・。
現在は隠れた人気スポットのようで、グーグルマップで調べると600枚近い写真が投稿されていますね。これだけ堂々と祀り上げられているとかえって清々しいくらいです。
『岡山県性信仰集成』によると、明治5年に没した地元の一個人(西勢実の熊野神社の神主でもあった人)が創建した神社で、詳しい経緯は分からないとのことです。
赤磐市の金勢大明神は、岡山県内の性神としては最も知られているスポットですよね。お察しの通り、車でないと行けない所なので私はまだ行ったことがありません。ウチは家族も車を運転できないので・・・。
現在は隠れた人気スポットのようで、グーグルマップで調べると600枚近い写真が投稿されていますね。これだけ堂々と祀り上げられているとかえって清々しいくらいです。
『岡山県性信仰集成』によると、明治5年に没した地元の一個人(西勢実の熊野神社の神主でもあった人)が創建した神社で、詳しい経緯は分からないとのことです。












