2022年 04月 16日
新刊『おかやま街歩きノオト』第24号 完成! |
やっとやっと、新作の第24号が完成しました!
といっても、これから自宅プリンタでひたすら印刷して、取扱店に送るor持っていかねばならないので、店頭に並ぶのはまだ先になりますが…。(あと一週間くらい?すみません、相変わらず機動力低すぎて。)
あらためて内容を説明します。第24号のテーマは、題して「レトロ橋と道のものがたり」。
まず、ここで扱っている「レトロ橋」とは、昭和初期~半ば頃までの鉄筋コンクリート造の橋のこと。その中でも、デザイン的に目を引くコンクリート製高欄・親柱を持つ橋を特に取り上げています。 (※高欄=欄干)
単にレトロ橋の姿を紹介するだけでなく、なぜそこにあるのか?についても、できるだけ追及しています。調べてみると、これは道の歴史にも深く関係していることが判って、タイトルにも「道」を加えました。
メインで取り上げたエリアは、玉野市の秀天橋界隈と関連地域、岡山市東区の西大寺エリア、同じく東区の瀬戸エリア、倉敷市の水島エリア。そして岡山市中区の自然公園内に人知れず架かるレトロ橋です。
レトロ橋の形の面白さもさることながら、その橋がある街自体も、調べてみると興味深いところばかりでした。橋に着目しなかったら、その街のことをこんなに知ろうと思わなかったかもしれない…。
↓ 浮根橋(岡山市東区西大寺浜):昭和の牛窓往来に架かるレトロ橋。
永安橋のたもとに当たるこの地区には、明治・大正・昭和の痕跡が累積的に残る。
道について調べるのも面白かったです。近世以前の古道・街道はしばしば語られるのに、なぜか近代(明治)以降の道の変遷はあまり話題にのぼることがありませんよね。例えば「四国街道」ってご存知ですか?私は今回初めて知りました。江戸時代の金毘羅往来の近代バージョンだそうで、現在の県道21号・22号、国道30号の原型になっています。児島半島における重要港の変遷や児島湾干拓の進捗状況に連動して、何度かルートが変わりました。そして、そんな旧道沿いの所々にレトロ橋が残されているのです。
水島地区では、謎の廃橋をめぐって、昭和初期の十数年間しかなかったと思われる幻の道‐‐‐水島市街地を整備するための区画整理で完全に消えた道を追い求めました。かなりしつこく追及して、真相に近いところまで行けたと思います。
↓ 水島(倉敷市)の八間川に架かる名称不明の廃橋。地面との段差は約60㎝で、
詳しくは、ぜひぜひ本誌にて! それでは、店頭に並ぶまでしばらくお待ちください。鋭意、印刷に励みます。
by machiarukinote
| 2022-04-16 20:17
| お知らせ
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Comments(2)
八間川の謎の廃橋の横の小学校出身の地元民です。
この謎の廃橋、幼い頃から不思議には思っていたんですが、目に入るような場所でもなく、溶け込みすぎているのか誰ともそんな話になったことがないんですよね。
ふと思い出したんですが、じじばばに聞いてみれば良かったと後悔しても後の祭り…
謎を解明してくださっているようですので、24号を求めて取扱店さんを訪ねてみようと思います。
この謎の廃橋、幼い頃から不思議には思っていたんですが、目に入るような場所でもなく、溶け込みすぎているのか誰ともそんな話になったことがないんですよね。
ふと思い出したんですが、じじばばに聞いてみれば良かったと後悔しても後の祭り…
謎を解明してくださっているようですので、24号を求めて取扱店さんを訪ねてみようと思います。
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ただのメガネさん、コメントありがとうございます。
あの小学校に通っておられたんですね! 何人かの近所の方に橋について尋ねてみたのですが、やはり皆さん、昔からあるんで何とも思っていなかった、ということでした。
戦前からの事情を知る人はもうあまりいないだろうと推測し、文献的な方面から調べてみました。本当は、その仮説に対し、その通りとか、ここが違うと指摘してくれる地元証人が現れてくれると嬉しいのですが・・・。
あの小学校に通っておられたんですね! 何人かの近所の方に橋について尋ねてみたのですが、やはり皆さん、昔からあるんで何とも思っていなかった、ということでした。
戦前からの事情を知る人はもうあまりいないだろうと推測し、文献的な方面から調べてみました。本当は、その仮説に対し、その通りとか、ここが違うと指摘してくれる地元証人が現れてくれると嬉しいのですが・・・。






