2019年 04月 25日
福知山② レトロな洋風建物 |
前項の続き、福知山街歩きレポートです。
当初、福知山行きの目的は「櫻湯」だけで、その他はノープランでした。福知山に関して何の予備知識もなかったせいもあって・・・。できるだけ早い時間帯に櫻湯訪問を済ませたら、すぐ別の街へ移動しようかと考えたくらいです。
ところが、武部将治さん(『ラヂオ塔大百科』の一幡公平さんの同人誌仲間)が昨年出された冊子『昭和街道 消える商店街』を手にして、考えが一気に変わりました。この本は全国の寂れかけた古い商店街の趣きある風景を切り取った写真集で、福知山の商店街も取り上げられている・・・というか、表紙がズバリ福知山の写真なのです。レトロなアーケード商店街もさることながら、説明文によると、福知山には旧遊郭も残っているらしい。これは少なくとも1泊はして、じっくり見て歩かねば!
↓ 武部将治さんの著書『昭和街道 消える商店街』(2018年8月発行、500円)
※アマゾンでも販売中
福知山は京都府北部の内陸部にある地方都市で、明智光秀が城主として整備した城下町として知られています(←付け焼刃の知識!)。実際に光秀が統治していた期間はごくわずかなのですが・・・。しかし、福知山では光秀は善政をしいた領主として慕われており、町の至る所で、来年のNHK大河ドラマの主人公に選ばれたことを慶ぶポスターを目にしました。来年は盛り上がることでしょうね。
↓ 市庁舎裏の高台(伯耆丸公園)から眺めた福知山城。建物は昭和末期の再建。
が、その福知山観光一押しの福知山城を尻目に、1日目の午後と2日目の午前中をほぼ丸々使って、街なかのあちこちに残るレトロ建物をひたすら見て回りました。上に掲げた冊子の表紙写真はアーケード街に建つ歯科医院ですが、調べてみると、福知山には他にも洋館風の凝った建物の医院がいくつも残っていることが分かりました。もちろん医院以外にも戦前期のレトロ建物は多数。福知山は、それなりの規模の地方都市として近代化の洗礼を受けた上に、太平洋戦争の戦災に遭っていないためでしょうか。
↓ 小林歯科医院。武部さんの上掲著書の表紙にも使われている建物。
↓ その玄関まわり。木製扉がレトロ。腰壁部分の二種のタイルもいい。
↓ 越山小児科医院。大きく張り出した軒のカーブが印象的。両脇からの階段を
上ってアプローチする玄関もカッコいい。今だったらバリアフリーに反するけれど。
↓ 裏手の門のあたりも趣きある。奥に見える和風棟は住居らしい。
↓ 軒下のアップ。装飾的な垂木の先が丸くなっているのが可愛い。
↓ 旧・塩見産婦人科。こちらは既に閉院、使われていない。
↓ その玄関ポーチ部分。
↓ 玄関ポーチ内側。タイル貼りの階段、柱下部の装飾など凝っている。
現代的視点でいえば、ここもバリアフリーに反するが・・・。
↓ 桐村眼科医院。旧・両丹銀行本町支店。昭和初期。
↓ その側面。
↓ 元銀行らしい重厚な装飾。窓枠も鉄製。
↓ 旧松村家住宅洋館。大正元年。松村家は建設会社「松村組」の創始者。
和洋数棟を擁する邸宅全体が保存され、和風母屋は高級菓子店の店舗として
使われている。京都府指定有形文化財。
↓ 玄関ポーチ上のバルコニー部分のアップ。見よ!華麗なる装飾。
↓ 手前は洋館の1階側面、奥に見える平屋は撞球(ビリヤード)場。
建物内部に入れるのは、店舗となっている和風の母屋だけだが、
邸宅敷地内の散策は自由なので、その他の建物も外観は見学できる。
↓ 音衛門ビルヂング。旧・福知山信用金庫本店。昭和初期。
現在、こちらも上記の高級菓子店が店舗として使用している。
↓ 縦長が強調されたデザインの窓。
↓ 銀行建築だが、重厚さよりアールデコ調のモダンさが目立つ。
↓ 福知山市立惇明小学校本館。昭和12年。国登録有形文化財。
大小の丸窓がアクセント。現役小学校なのできれいに維持されている。
↓ アーケード商店街の入口に建つ印象的な三階建て店舗。
↓ その近くに建つ純和風建物の旧・福喜多内科医院。
↓ 擬洋風な二階建て建物。正面両サイド上部にはメダイヨン風装飾。
入り口脇の古そうな看板には「福知山角力協會」と書いてあった。すもう!?

↓ 極細の看板建築風建物。こちらにもメダイヨン風装飾。
向かって右サイド全体が鉄板に覆われており、建物を切ったと思われる。

↓ 旧・福知山医師会館。それ以前には税務署の建物として使われていたそう。
↓ その建物を後ろ側からみた図。古そうな木造建物が連なる。屋根の間に小さく福山城。
↓ 上の建物のうち、真ん中の板張り建物の基礎部分。明らかに古そうな通気口グリル。
目ぼしいものを並べただけでも、ざっとこんな感じ。まさにレトロ建物の宝庫ですね。
レポートはまだまだ続きます。次項では、旧遊郭跡とレトロ工場を取り上げます。
当初、福知山行きの目的は「櫻湯」だけで、その他はノープランでした。福知山に関して何の予備知識もなかったせいもあって・・・。できるだけ早い時間帯に櫻湯訪問を済ませたら、すぐ別の街へ移動しようかと考えたくらいです。
ところが、武部将治さん(『ラヂオ塔大百科』の一幡公平さんの同人誌仲間)が昨年出された冊子『昭和街道 消える商店街』を手にして、考えが一気に変わりました。この本は全国の寂れかけた古い商店街の趣きある風景を切り取った写真集で、福知山の商店街も取り上げられている・・・というか、表紙がズバリ福知山の写真なのです。レトロなアーケード商店街もさることながら、説明文によると、福知山には旧遊郭も残っているらしい。これは少なくとも1泊はして、じっくり見て歩かねば!
↓ 武部将治さんの著書『昭和街道 消える商店街』(2018年8月発行、500円)
※アマゾンでも販売中

福知山は京都府北部の内陸部にある地方都市で、明智光秀が城主として整備した城下町として知られています(←付け焼刃の知識!)。実際に光秀が統治していた期間はごくわずかなのですが・・・。しかし、福知山では光秀は善政をしいた領主として慕われており、町の至る所で、来年のNHK大河ドラマの主人公に選ばれたことを慶ぶポスターを目にしました。来年は盛り上がることでしょうね。
↓ 市庁舎裏の高台(伯耆丸公園)から眺めた福知山城。建物は昭和末期の再建。

が、その福知山観光一押しの福知山城を尻目に、1日目の午後と2日目の午前中をほぼ丸々使って、街なかのあちこちに残るレトロ建物をひたすら見て回りました。上に掲げた冊子の表紙写真はアーケード街に建つ歯科医院ですが、調べてみると、福知山には他にも洋館風の凝った建物の医院がいくつも残っていることが分かりました。もちろん医院以外にも戦前期のレトロ建物は多数。福知山は、それなりの規模の地方都市として近代化の洗礼を受けた上に、太平洋戦争の戦災に遭っていないためでしょうか。
↓ 小林歯科医院。武部さんの上掲著書の表紙にも使われている建物。

↓ その玄関まわり。木製扉がレトロ。腰壁部分の二種のタイルもいい。

↓ 越山小児科医院。大きく張り出した軒のカーブが印象的。両脇からの階段を
上ってアプローチする玄関もカッコいい。今だったらバリアフリーに反するけれど。

↓ 裏手の門のあたりも趣きある。奥に見える和風棟は住居らしい。

↓ 軒下のアップ。装飾的な垂木の先が丸くなっているのが可愛い。

↓ 旧・塩見産婦人科。こちらは既に閉院、使われていない。

↓ その玄関ポーチ部分。

↓ 玄関ポーチ内側。タイル貼りの階段、柱下部の装飾など凝っている。
現代的視点でいえば、ここもバリアフリーに反するが・・・。

↓ 桐村眼科医院。旧・両丹銀行本町支店。昭和初期。

↓ その側面。

↓ 元銀行らしい重厚な装飾。窓枠も鉄製。

↓ 旧松村家住宅洋館。大正元年。松村家は建設会社「松村組」の創始者。
和洋数棟を擁する邸宅全体が保存され、和風母屋は高級菓子店の店舗として
使われている。京都府指定有形文化財。

↓ 玄関ポーチ上のバルコニー部分のアップ。見よ!華麗なる装飾。

↓ 手前は洋館の1階側面、奥に見える平屋は撞球(ビリヤード)場。
建物内部に入れるのは、店舗となっている和風の母屋だけだが、
邸宅敷地内の散策は自由なので、その他の建物も外観は見学できる。

↓ 音衛門ビルヂング。旧・福知山信用金庫本店。昭和初期。
現在、こちらも上記の高級菓子店が店舗として使用している。

↓ 縦長が強調されたデザインの窓。

↓ 銀行建築だが、重厚さよりアールデコ調のモダンさが目立つ。

↓ 福知山市立惇明小学校本館。昭和12年。国登録有形文化財。
大小の丸窓がアクセント。現役小学校なのできれいに維持されている。

↓ アーケード商店街の入口に建つ印象的な三階建て店舗。

↓ その近くに建つ純和風建物の旧・福喜多内科医院。

↓ 擬洋風な二階建て建物。正面両サイド上部にはメダイヨン風装飾。
入り口脇の古そうな看板には「福知山角力協會」と書いてあった。すもう!?


↓ 極細の看板建築風建物。こちらにもメダイヨン風装飾。
向かって右サイド全体が鉄板に覆われており、建物を切ったと思われる。


↓ 旧・福知山医師会館。それ以前には税務署の建物として使われていたそう。

↓ その建物を後ろ側からみた図。古そうな木造建物が連なる。屋根の間に小さく福山城。

↓ 上の建物のうち、真ん中の板張り建物の基礎部分。明らかに古そうな通気口グリル。

目ぼしいものを並べただけでも、ざっとこんな感じ。まさにレトロ建物の宝庫ですね。
レポートはまだまだ続きます。次項では、旧遊郭跡とレトロ工場を取り上げます。
by machiarukinote
| 2019-04-25 14:02
| 街歩きレポート
|
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