京都 異形の仏像「福田寺の龍神」 |
龍神像は写真では知っていましたが、改めて目の前にすると、他に類のない奇妙さに圧倒されます。手を前に組み膝をついて坐った褌一丁の裸体で、鬼神のような風貌(組んだ手の部分は後補)。表面の磨滅具合が奇怪さをさらに際立たせており、眼球が異様に飛び出ているのも妖怪じみています。筋骨隆々の体を強張らせていて、何かすごいパワーを秘めているな、という印象。
無名に近いローカル仏像だったこの龍神像が注目されたのは、みうらじゅん・いとうせいこうコンビによる『TV見仏記』(2001年から続くローカルテレビ番組)で取り上げられたのがきっかけだそうです。私はこの番組自体は見ていませんが、やはり私も見仏コンビお奨めの変な仏像ということで龍神像の存在を初めて知りました。みうら・いとう両氏がなぜこの龍神の存在を知ったのかは分からない、とご住職さんは話しておられましたが、HPなどによるご住職の地道なアピール作戦が功を奏したのかもしれませんね。
福田寺は奈良時代に行基が開いたと伝わる、古い歴史の寺院です。行基は伝説としても、奈良末期~平安初期には寺の原型が存在していたのではないでしょうか。この辺り(旧乙訓郡)は、平安京遷都までは現在の京都中心地よりもずっと文化の発達した地域だったわけですから。昔の福田寺は広大な寺域を持つ大寺だったそうです。しかし、その後衰退してしまったらしく、ここ何代かは尼寺だったとか。それなりに保持していた地所も、老朽化した本堂を建て直す資金捻出のため昭和高度成長期に売り払ってしまい、現在のようなこじんまりとした姿になったとのこと。現住職がこの寺の住持に就いたのは平成になってから。久々の男性住職だそうです。
この福田寺は宗派のお寺ヒエラルキーの中でも最下層です、檀家もないですから、とご住職。福田寺が大寺だった頃は、複数の末寺を持ち、その末寺がそれぞれ檀家を抱えていたため、末寺に支えられていた福田寺は経済的に安泰でしたが、仕組みが変わって、各寺が独立した別々の寺になった結果、檀家を持たない福田寺は経営が苦しくなったのだとか。あれ?裏に墓地があるじゃないですか、と指摘すると、あれはかつて末寺だった祐楽寺の墓地だと言います。もっともこのご住職はその祐楽寺の出身で、兼務で福田寺を預かる形になっているため、現在の福田寺と祐楽寺は経営が一体化しているも同然のようですが。お寺さんも色々と大変だ・・・。
現住職の代になって、せっかく古い歴史を持つお寺なのだから、もっと皆に知ってもらおうとHPを作るなどして発信し始めたのだそう。ただし自分はアナログ世代でITには疎いため(HPは友人に作ってもらったとか)、連絡はメールでなく、電話でお願いしますとのことでした。
本尊の両脇を護る武将姿の仏像は持国天と多聞天。これも相当古そうです。福田寺が大寺だった頃に置かれていたであろう四天王の残存だろうというお話でした。また、本堂内には弘法大師空海の坐像もあります。現在の福田寺は浄土宗ですが、かつては真言宗だったそうです。お寺の宗派が時代に流れで変わることは珍しくありませんが、こんなにあからさまに前宗派の名残りが残っているのは珍しいらしい。
浄土宗らしくないと言えば、本尊も同様。浄土宗の本尊はふつう阿弥陀如来なのに、ここは全く違うから。色々と変則的なお寺のようです。奇っ怪な龍神だけでなく、〝不思議”の多いお寺ですね。
言い忘れましたが、龍神堂には摩耶夫人像と夜叉神も共に祀られています。どちらも不思議な仏様(神様?)です。摩耶夫人像は唐から弘法大師が持ち帰ったと伝わる小さな檀像(白檀などの香木を刻んだ仏像)で、仏陀の母・摩耶夫人が脇の下から仏陀を出産している姿を表現しています。立ち姿の女性の袖の下から子供のようなものがニュルッと出てきてぶら下がっている、という変わった仏像。仏教では仏陀誕生の定番図像とはいえ、実際に造形されているものはわが国ではそう多くはないようです。東博所蔵の法隆寺宝物銅製小像(重文)が有名ですが。
小型の厨子のようなものがガラスケースに入れられて安置されていますが、開けたことがないので中身は分からないとのこと。当番の家が預かっていた頃にも開けることはなかったそう。誰も姿を見たことのない夜叉神。ミステリアスです。
というわけで、龍神以外にも謎めいたものだらけの福田寺。京都の中心街からはかなり離れているし、見た目も新しめの(建物が新しいので)小さなお寺ですが、平安京以前から乙訓の地で悠久の時を重ねてきた古代の残像のようなものを感じさせます。古いからこそ、今やわけが分からなくなってしまっているのでしょうね。理屈でない土俗的なものって好きだなぁ。
ここ福田寺では、仏様の写真を撮るのもネットに上げるのもOK、どんどん宣伝してください、多くの人に拝んでいただきたいので、ということでした。といって拝観料を取るでもなく・・・。私は、龍神の御朱印を頂いた時に御朱印料にほんの少しだけ上乗せしましたが、じっくり1時間ほども一対一で対応してくださり、申し訳ないくらいです。まさに京都観光の穴場中の穴場。興味深いのは龍神だけではありません。福田寺、お奨めです。