久々の玉島 |
一昨日久しぶりに、倉敷市玉島の街に行ってきました。2010年の夏に、当時まだ営業中だったレトロ銭湯「港湯」を取材するために訪れたのが最後なので、なんと7年ぶりです。何度もまた行きたいと思いながら、ついつい先延ばしになっていました。JR新倉敷駅からさらにバスに乗らないとたどりつけないエリアゆえ、車を運転できない私には気軽には行きづらい場所ということもあって・・・。
↓ 玉島のレトロ銭湯「港湯」。廃業されましたが、印象的な建物は今も健在。

それがこの前の日曜日、「清心温泉」の焼き鳥テラスで出会った初対面の旅人に、「今日訪問した玉島がすごく良かった!」と聞かされ、すぐにも行きたくなったのです。全国の古い町並みや銭湯を巡っているという東京在住のその旅人曰く、玉島の古い建物残存率は他の町に比べても著しく高く、とても見応えあったとのこと。実は、しばらく見ないうちに失われた建物も多かろうと内心心配していました。いくつかの具体的な建物を挙げて、その人に聞いてみると、どれもまだあるとのこと。これはもう、即再訪せねば!

いくつか空き地になっている部分はあったものの、印象に残っていた丸窓の粋な和風妓楼などはありました。地元の方のお話も少しだけですが、聞けました。
天満町の旧道を仲買町方面へと進むと、典型的な遊郭建築は見られなくなる代わりに、洋風看板建築の町内公会堂とか、立派な蔵を持つ大商家が現われます。前回来た時も写真を撮りましたが、改めて見てみると軒下の持ち送りや窓下のバッタリ床几など細部もスゴイ。写真を撮っていたら、偶然この商家からあるじが出て来られたので、声を掛けたところ、嬉しいことに親切に色々教えてくれました。玉島港でかつて大きな商売をされていた家だそうです。外からこの港に入って来た物資を買い上げて倉庫に保管し、高瀬舟で各所に売りさばくという商売だったそう。向かいの重厚な商家風の桁入り建物も同家の倉庫だとか。
↓ 道の向かって左側:手前に3階建の蔵、奥に商家の母屋。右側:その商家の蔵。

洋風看板建築の町内公会堂の隣の建物もこの家の倉庫(↓)。こちらはかなりボロボロで崩れかかっています。聞けば、こちらも本当は保存したかったのだけれど、やむを得ない事情で近々取り壊す予定なのだそうです。維持するだけでも多額の費用が必要で頭が痛いと言いながら、保存に頑張っておられる姿勢がすごく伝わってきて、頭の下がる思いでした。

天満町筋と仲買町筋を一通り見てから、羽黒神社周辺の中心街へと移動。羽黒神社そばの「銀座商店街」アーケードが撤去されていました。私が最初に訪れた時には既に薄暗いシャッター通りでしたが、アーケードが無くなって明るくなったとはいえ、もはや商店街の体をなしていない感じです。
しかしながら、羽黒神社鳥居脇の「港湯」の建物や、溜川を渡った所にある「通町商店街」のアーケードは(少し短くなったものの)健在でした。通町商店街の個々の建物も大きく変わってはいないようです。中でも、ずば抜けて古そうな看板(↓)を掲げている荒物屋さんが今も営業されている様子を目にした時には(看板も健在!)、思わず声を上げそうになりました。

ほとんど変わっていないと書きましたが、通町商店街で唯一感じた違和感は、商店街の入り口部分。溜川の対岸から眺めた時、あれ?あんな趣きある看板建築あったっけ?と思いました。商店街入り口のゲートの向かって左に建つ、一見洋風建物風の(よく見ると奥に和風瓦屋根を持つ)看板建築です(↓)。帰宅してからグーグルストリートビューで確認してみたら、この手前には少し前まで、元パチンコ屋の建物がありました。そういえば、清心温泉で出会った旅人が、パチンコ屋は無くなっていたけど、かえって隣の建物側面が見えて面白かった、と言っていたのはこのことだったのですね。すごい通の旅人です。しっかり下調べして訪問したんだ!

しかし何と言っても、玉島最大の変化といえば、銀座商店街から通町商店街へ行く時に渡る橋。ここにはかつて、風情あるコンクリートの水門「港水門」があったのです。映画『Always 三丁目の夕日』のロケが行われたスポットとしても知られていました。2010年に訪れた時には、橋に接続する道の改修工事が少し始まっているらしい様子で、近々無くなるということは聞いていましたが、実際にこのガランとした光景を目前にすると何とも言えない気分です。清心温泉で出会った旅人も、在りし日に見ておきたかったと残念がっていました。
↓ 在りし日の「港水門」。下流側から。2006年11月撮影。



橋のたもとの小公園には、この水門のかつての写真や溜川の歴史を記した解説板3枚が設置されていました。決して考えなしにあっさり撤去してしまったわけではないようです。水門がかえって水の流れを阻害する原因になっていたこと、周辺の市街地化により安全性の面からも改善する必要があったことなどが書かれていました。確かにごたごたしていた水門周辺もスッキリして、これなら水の流れもスムーズそう。昨今は水害も多い時代ですから、仕方なかったのかな。
↓ 水門があった所の現在の光景。普通の橋だけになりました。

その代りと言ってはなんですが、その少し上流には、ドラム缶の浮橋や別のコンクリート水門橋(↓)が残っていて、水辺のレトロな雰囲気を味わうことができます。この水門橋は上記の「港水門」よりはだいぶ小規模ですが、今となっては貴重な存在かも。ただし、水を堰き止める扉板はなく、水門としてはもはや使われていないようです。橋の親柱には「昭和十七年三月架設」と刻まれていました。


この辺りの水辺の家々は、半ば水面に張り出すように建てられており(↓)、そんな点でも懐かしさを感じさせる風景です。私が生まれ育った東京下町でも、当時は掘割に沿ってこんな家が建っていましたよ。今だったら違法建築かな?(既存の建物は大目に見られていると聞いていますが。)

最後に、羽黒神社近くに戻って銀座商店街(商店街と言っていいのか?)で買い物をしました。「松涛園」という和菓子屋さんです。この店では、私の大好きな「すり琥珀」という半生菓子を一年中売っていると聞いていたので・・・。「琥珀糖」という透明な半生菓子は夏になると販売している店もありますが、近頃は「すり琥珀」には滅多にお目にかかりません。期待と共に店を覘くと、干菓子・半生菓子のコーナーにすり琥珀を含む数種のセットが並んでいました。うち2種を1パックずつ購入。特に豚さん蚊取り線香器をかたどった石衣(松露)と風鈴を描いたすり琥珀とのセットに感動しました(↓)。可愛らしいミニチュア感が堪りません。

この和菓子を買うためにも、また玉島に行くぞ~!と心に誓いました。せめて倉敷くらいの頻度で訪れたいものです。
↓ 通町商店街入口近くの裏通りと水路。こういう一見雑然とした生活感に惹かれます。


