岡山のレトロ銭湯 「昭和湯」と「大黒湯」 |
どちらの銭湯も岡山県公衆浴場組合HPで簡単に紹介されていて、『街歩きノオト』第10号(岡山のレトロ銭湯特集、2010年発行)を作った時からずっと気になっており、同HP掲載の銭湯紹介パンフレット(2015年作成)で館内写真を見てからは行ってみたいという気持ちがより高まっていました。また、この2軒の銭湯は、松本康治氏の新刊銭湯本『レトロ銭湯へようこそ 西日本版』でも取り上げられています。徒歩と公共交通機関が頼りの私には行きにくい場所だけど、さすが車の威力はスゴイ。一気に2ヶ所、銭湯のはしごです。
まずは「昭和湯」(倉敷市児島味野上)。JR児島駅からは小田川沿いに北へ2㎞ほど行った所にあります。バス停「小川7丁目」のほぼ目の前。下津井電鉄廃線跡「風の道」が小田川を越える陸橋のたもとに当たるので、場所的には見付けやすいです。しかし、道路に面した部分に手入れの行き届いた高めの生垣があり、覗きこまないと暖簾が見えないので、銭湯とは分かりにくいかも。実際、つい2ヶ月前にも路線バスでこの前を通ったはずなのですが、全く記憶にありません。
小粋な和風民家風の外観をうまく写真に撮りたかったのに、前の道路の交通量が多く難しかった~。岡山県公衆浴場組合HPや銭湯本『レトロ銭湯へようこそ 西日本版』にはいい感じの外観写真が載っているので、そちらを見てくださいね。
「昭和湯」と紹介されることが多いようですが、右から書かれた古そうな看板から判断すると、元々は「昭和温泉」なのかな。創業は昭和初期だそうです。午後4時半の開業とほぼ同時に入店。すでに先客が2人ほどいました。戸を開けるといきなり番台と脱衣場という京都風。岡山の古い銭湯は基本このスタイルが多いようです(下足室が独立していない)。
脱衣場は飴色というよりは渋いモノトーン系。白い壁とダークな色の木部(ロッカーも含め)という色合いです。男女の脱衣場の仕切り壁が天井まであって、仕切りというよりは別々の部屋という造りなのも珍しい。
↓ 女湯脱衣場の木製ロッカーと「賢実育児」の額
そしてもっと珍しいのは、浴室寄りの一画にある小部屋。脱衣場とは壁とすりガラスの窓で仕切られており、入口(戸はない)の柱に「化粧室」と墨書きされた札が掛っています。内部には鏡が設置され、その前に小さな壁付け棚。小部屋の奥はトイレの入口。ちょうど昨今の女子トイレのパウダールームみたいな感じ。昭和初期にこの発想、時代の先を行ってますね! ミレーの「晩鐘」の複製画が飾られているのもハイカラ。松本氏の銭湯本掲載の写真によると、男湯脱衣場にも同じような小部屋があるようですが、男湯側は何の用途なんだろう(化粧室じゃないよね)。
↓ 女湯脱衣場の「化粧室」
浴室は、床が切り石を敷き詰めた石畳状、その他の部分はタイル貼り。床には大きく傾斜が付けられていて、床全体の表面で排水するというシンプルな構造。浴槽の片隅には小ぶりな湯吐き口人形が置かれています。コアラの親子というこれまた変わった意匠。これは男湯には無いそう(男湯はライオン型という説あり。未確認)。男女別といえば、脱衣場に掲げられた額の文字も、女湯は「賢実育児」ですが、男湯は「殖産立国」だそうです。いかにも戦前っぽいキャッチフレーズ。歴史を感じさせますね。
↓ 石畳の浴室床。かなりの傾斜が付いている。
浴室の天井は銭湯にしては低くて、天井の湯気抜き窓も見当たらず。外側から見た感じでは、通常の銭湯のような湯気抜き窓(小屋根の付いた搭屋のようなもの)が屋根の上に付いているように見えたんだけど・・・。浴室の天井は新しめな波板素材で一律に張られていたので、途中で天井を修理した結果、現在のような形状になったのかもしれません。
カラン(蛇口)下の台(段)が妙に高いのもここの特徴。それに伴い、カランの位置も高め。最初は戸惑いましたが、椅子に腰かけると案外いい位置になって、これはこれでいいかも、と感じました。
↓ 女湯のコアラの湯吐口
お客さんは皆年配の方たちばかりでしたが、お一人に伺うと、毎日来ているとのことでした。自宅に風呂がないので、少し遠い所から通っているのだそう。高齢者向けの行政サービスとして年間60日分の入浴券はもらえるのだけれど、毎日なので全然足りない、と話しておられました。ここではまだまだ銭湯が日常生活の中で必要とされているんだなぁ、と実感。
↓ 女湯脱衣場の神棚
きれいに刈り込まれた外の生垣からも分かるように、古いとはいえ、内部も全体にスッキリしゃっきりした印象。古い銭湯にありがちなごちゃごちゃした感じは全くありません。ストイックな感じさえします。番台に座るお歳を召したの女将さんも物静か。児島の中心街からも外れたこんな所に、こんな味わい深く、かつ気持ちよく使える銭湯があるとは本当に驚きです。自信を持って人に勧められる岡山のクラシック銭湯と言えそうです。機会があったらまた行きたい!
「昭和湯」 営業時間:午後4時30分~8時 定休日:日曜日
次は下津井の「大黒湯」(倉敷市下津井田ノ浦)。下津井の町の中でも東端に当たる田ノ浦という鄙びた漁港にあり、鷲羽山から海に向かって大きく高く突き出す瀬戸大橋のすぐ脇というシュールな立地です。すぐ目の前は漁船が多数舫う田ノ浦漁港。旅情を誘います。
暖簾が出ないと銭湯とは分からないシンプルな民家風の外観。ここも入るといきなり番台と脱衣場という造りです。5時半の営業開始とほぼ同時に入ったのですが、既に数人の先客が・・・。脱衣場は木造飴色の世界。木製ロッカーの扉の表示が番号ではなく「いろは」なのが珍しい。創業は昭和初期だそうです。
↓ 左後方に小さな煙突が見える。右上背後にちらりと写っているのは瀬戸大橋。
相棒のTさんが、番台の女将さんに、「銭湯本を見て来ました。昔ながらの銭湯が好きで回っています。」などと話しかけたのですが、それを聞いていたらしい先客の常連さんが、早くも浴室で「旅の人が来ているよ。本を見て来たんだって。銭湯をまわっているそうだよ。」と大きな声でおしゃべりしているのが聞こえてきます。なんか銭湯じゅうに私たちのこと知れ渡っているね、とTさんと脱衣場で苦笑い。
ここは浴室に風呂桶(洗面器)が備え付けられていなくて、番台で申告して借りるというシステム。常連さんたちは自分専用のがあるから問題ないのでしょうけど。石けんも貸しますよ、と番台の女将さん。お客のおばちゃんたちも、「石けん持ってる? 番台で貸してもらえるのよ」などと世話を焼いてくれました。タオルや石けんは持参した旨伝えると、「ほお、用意がいい!」「そうやって銭湯めぐりしているのね。」などと反応。気さくで楽しいおばちゃん(おばあちゃん?)たちです。
↓ 女湯脱衣場の木製ロッカー。扉に書かれているのが「いろは・・・」なのが珍しい。
ところで、入る前から、ここの銭湯は湯の温度が高いと聞いていました(42度だったっけ? すみません、記憶があいまい)。おばちゃんたちも、ここの湯は熱いよ~、と口々に教えてくれます。浴槽に入ってみると確かに熱い。しかもこの浴槽、かなり深い! 段々があるので、いきなり深くなるわけではありませんが・・・。温度も深さも岡山では異例の部類だと思います。江戸っ子なのに熱い風呂は苦手なので、岡山や京都の銭湯は入りやすくてありがたいと常々思っている私ですが、久々にグッとくる熱さの風呂に浸かりましたよ。でも、東京の銭湯はもっと熱いんじゃないかと思います。
こちらの銭湯も、床は切り石を敷いた石畳状。同じく床面全体の傾斜で排水するスタイルです。しかし先ほどの昭和湯では、切り石の隙間はコンクリートだったのに対し、ここは隙間を細かいタイルで市松模様に埋めています。壁面は普通の白タイルですが、所々に小ぶりなタイル絵も。一枚は富士山、もう一枚は金魚の絵でした。天井は高く、真ん中にさらに一段高くなった湯気抜き部分があるという、銭湯によくある構造。開放的で気持ちいいです。
おばちゃんたちに「よく来るんですか?」と聞くと、開いている日には毎日との答え。自宅に風呂は無いから、ということでした。以前は西隣の吹上地区にももう一軒銭湯があったんだけど、1年半ほど前に廃業してしまい、それからはこちらに専ら来ているとのこと。廃業したその銭湯はタイル使いがとても綺麗だったそう(石材は使われていないとか)。建物自体はまだ残っているそうです。でも、現役営業中に内部を見ておきたかった。残念! 岡山県公衆浴場組合HPに掲載されているパンフレット(pdf)には、その「八千代湯」はまだ載っています。浴室の写真も出ていますよ。
常におばちゃんたちで賑わっていたので、内部写真は撮れませんでした。無人の瞬間がなかったので・・・。ここは営業時間が午後5時半から7時半までと大変短く、しかも月・火・木・土しか開いていないため、利用客が集中するのだと思います。とにかくおばちゃんたちのおしゃべりが賑やかで楽しかった。番台に座る年配の女将さんは物静かですが、ニコニコしてそんな客たちのおしゃべりを聞いています。ザッツ銭湯とでも言いたくなるような庶民的であったかい雰囲気。そういえば、銭湯に入る前、車を駐車する時に出会った地元のおじちゃんも気さくにいろんなことを教えてくれたっけ。このフランクな人懐こさは土地柄なんですかね。
↓ 戸口に架かる暖簾がなぜか短い。
松本氏の銭湯本の写真では、普通の長さの暖簾でしたが。
下津井は銭湯以外にも色々と興味があるので、また行きたいと思っています。実はこの数日前にも一人で下津井を訪れ、街を歩いたり少し取材したりしてきました。今月の毎日新聞岡山版のコラムには下津井ネタを書く予定でいます(6月16日付)。下津井には児島駅からの巡回バスがあるので自力訪問も可能なのですが、大黒湯に入るとバスの最終便に間に合わなくなってしまうんですよね。ということで、Tさんの車で連れて行ってもらえたこの機会は大変貴重でした。
ちょっと澄ましてクラシックな「昭和湯」に対し、港町らしいざっくばらんな庶民感覚に溢れた「大黒湯」。同じローカルレトロ銭湯でも対照的で、それぞれ魅力的なのが面白かったです。はしごで訪問したため、ゆっくりじっくりというわけにもいかず、もっとよく見ておくべきだったと少々心残りも。特に大黒湯では、おばちゃんたちとの会話に気を取られて館内観察がややおろそかになってしまったので。こちらも何とか再訪したいものです。
「大黒湯」 営業時間:午後5時30分~7時30分 定休日:日・水・金曜日