鴨方(浅口市)の陰陽道スポット |
4月開催のイベント「古墳カフェin吉備」への心の準備も兼ねて、このところ、趣味に走った“妖しの大昔”路線に傾いています。近代建築などのレトロが好きな方々には少々退屈な話が続きますが、御勘弁ください。
さて、両神社は、どちらも車でないと行きにくい、特に阿部神社は徒歩では絶対行けない場所なので、半ば訪問を諦めていましたが、ありがたいことに、懇意にさせていただいている石鹸作家の白神さんが車で一緒に行ってくださることになりました。 白神さんもミステリアスな歴史や神話に深い関心を持っておられる方なので…。
まずは、わりあい行きやすそうな「真止戸山神社(まとべやまじんじゃ)」へ。JR鴨方駅から南へ直線距離で2kmくらいですが、実際には一山越えるというか迂回しなければならないので、徒歩ではかなりキツそう。ヤギが草を食んでいるのどかな田園地帯を抜け、山と山に挟まれた一本道を進んでいくと、古そうな趣きある民家が連なる小集落が現われ、すぐに石鳥居や石灯籠が見えてきます。想像していた以上に立派な神社でした。
↓ 真止戸山神社。「まとべやまじんじゃ」と読む。
地名としての真止戸山は「まつばさ」。難読!しかもややこしい。
この神社は吉備真備が創建に関わったとされており、神社前に掲げられた由緒書の看板にも、奈良時代の771年に真備が姫路の広峯神社から祭神を勧請して創建されたと説明されていました。祭神は明治以降現在はスサノオノミコトですが、元々は牛頭天王。牛頭天王は大陸伝来の恐ろしい疫病神で、伝説では吉備真備が持ち込んだことになっています。疫病退散の強力な神として各地で広く信仰されるようになりましたが、その普及には陰陽道も深くかかわり、まじないめいた神仏習合的な信仰であったため、明治維新の神仏分離の際には、強制的に祭神をスサノオに変えさせられました。
宮司さんがおられたのでお話をうかがいましたが、現在は普通に地域の氏神様として信仰されており、特に牛頭天王信仰っぽい行事やモノなどはないとのこと。それにしても、なかなか立派な社殿だし、木々に囲まれ苔むした境内も趣きあります。作り込み過ぎない程度に手入れもきちんとされていて、何よりも平日だというのに社務所の窓口が開いていてお札やお守りを売っている! 現役感ばっちりです。こんな静かな山あいの神社だというのに…。聞けば、旧鴨方町のざっと南半分を氏子としているそうで、多くの氏子さんたちに崇敬され、親しまれている様子がうかがわれました。
昭和17年の火災でそれまでの社殿を失い、現在の社殿はその後の再建だとか。現社殿も立派だと思うのですが、以前の社殿、特に本殿は大変大きな自慢の建物だったそうです。わざわざ古い写真を何枚か見せてくれました。桧皮葺の屋根で、しかも唐破風と普通の破風が二重にある複雑な屋根構造。一段高くなった敷地に建っていたこともあって、「天に向かってそびえ立つ」と形容されていたそう。現存していたら、何らかの重文に指定されていたことでしょうね。
↓ 真止戸山神社 拝殿。本殿・幣殿はこの角度からはよく見えないが、
以前の“そびえ立つ”本殿なら拝殿の屋根越しに見えたかも。
境内にはけっこう大きな絵馬殿もあり、古い(といっても明治以降のもののようですが)絵馬がたくさん掛けられていました。特筆すべきは、絵馬と共に掲げられている木製プロペラ。第二次世界大戦の時に練習機で実際に使われたものだそうで、戦後奉納されたのだとか。また、祭りの日には、境内で備中神楽も催されるそうで、相撲の土俵のような神楽の仮設舞台(?)もありました。
あと目を引いたのは、拝殿内部に飾られた切り紙というのか御幣というのか、一枚の紙から鯛や扇などのめでたい形を切り出した伝統的な細工物。
↓ 拝殿内部に飾られていた伝統的な切り紙細工。
別にこの神社特有のしきたりというわけではなく、たまたま氏子さんに得意な人がいるので時々飾っているとのこと。こういう風習が各地にあるということは聞いていたけど、これほどの規模の実物を見るのは初めてです。まじないめいた牛頭天王信仰のイメージにもぴったりな気がして、ひとり内心盛り上がりました。
現在の真止戸山神社には、牛頭天王や真備的な要素は見当たりませんでしたが、それでもわざわざ訪れたかいのある素敵な神社でした。それほどの深山じゃないのに、山深い清々しい雰囲気に包まれた、いかにも聖地・霊地という感じの立地。今風の言葉で言えば、マイナスイオン、パワースポット感いっぱい、って感じかな。
真止戸山神社と道路をはさんで向かい合うようにして建つ「向日神社」も、小さなお宮ですが、いい雰囲気でした。こちらは現在は真止戸山神社の摂社という扱いですが、元々は山の上にあった別の独立した神社を近代になって麓に降ろしたものだそうです。
↓ 向日神社。真止戸山神社の向かい側にある。
真止戸山神社の余韻に浸りながら、次の「阿部神社」を目指しました。ここはJR山陽本線の線路を越え、山陽自動車道や新幹線の線路を越えた、ずっと北、矢掛町との境にある阿部山のほぼ山頂にあります。白神さんは矢掛町からの道筋はざっと調べてくれていたのですが、真止戸山神社に寄ったため、鴨方側から行くことになり、地図とナビを頼りに何度も迷って、予想外の悪戦苦闘。目印になるような建物もなく、山の中は似たような風景が続くし、案内板などもなく、だんだん不安になってきて、とうとう通りがかりの授産施設で道を尋ねることに。職員さんが、道路のコンディション情報も含めて丁寧に教えてくれました。お昼抜きになっていたので、ここで購入したクッキーでも生き返りましたよ。ありがとうございました!
あてずっぽうだったわりには、方向的に間違っていなかったようで、そのまま道なりにもう少し走ると、職員さんの言葉通り、道路脇に案内板が…。ここからの脇道は、舗装されていない悪路なので徒歩で進みます。200mほど行くと、2本のさらに細い脇道が出現。まず先のほうの脇道をほんの少し入ると、すぐに大きな石碑に出くわします。「安倍晴明乃碑」と刻まれた立派な石碑。
↓ 阿部山の「安倍晴明の碑」
阿部神社の説明がまだでしたね。ここは、あの大陰陽師・安倍晴明が天体観測をしていた、とされる伝説の地なのです。京で活躍していたはずの有名人が、なんでこんな所で!?と、大抵の人が驚かれると思います。実は、このあたり備中一帯は、民間陰陽師たちの勢力が強かった地で、晴明伝説が色濃く残るエリアなのだとか。民間陰陽師(平たく言えば、拝み屋さんや占い師)たちは、自分たちの陰陽道の権威付けやシンボルとするために、身近な各地に晴明ゆかりスポットを作っていったらしいのです。晴明は、阿部山山頂のこの地に棲みついて、夜は星を観察し、昼は毎日、北側の小田川方面に降りて行って、そこにいる吉備真備の子孫に陰陽道の奥義を学んだのだそうです。
そう、矢掛町や真備町の真備ゆかりの地とここは案外近いのですよ! 伝説の上では、真備は陰陽道の祖とされていて、晴明伝説と真備伝説はリンクして伝えられていることもしばしば。ここはまさに、備中におけるその典型なのです。
↓ 阿部神社
さて、もう一本の細い脇道をたどってしばし進むと、平たい開けた場所に出ます。これが阿部神社の境内。といってもごくごく素朴なもので、簡素な社殿のほかは、井戸か池の名残りのような水たまり、社殿前方の注連柱(鳥居がわりの2本一対の石柱)、「安倍晴明屋敷跡」と記した立て札、市が立てた説明板、環状列石ふうに石を配し注連縄が張られた古い祭祀跡のような一画が見られる程度です。しかし、こんな山中なのに意外と手入れが行き届いている様子。社殿はまったく傷んでいないし、列石にはお神酒が捧げられているし(先ほどの大きな石碑前にも同様)、最近落ち葉でも焼いたのか新しい焚火の跡も…。地元民によるこの素朴な“聖域”感…。矢掛町の「下道氏の墓域」や真備町の「吉備公墳」裏手と一脈通じるものを感じました。
↓ 阿部神社境内の古い祭祀跡。「晴明大権現」と刻まれた石などが立つ。
先ほどの大きな石碑は昭和30年代に矢掛町江良(阿部山北側一帯)の住民が建立したもの、社殿は昭和17年に阿部山開墾の入植者が建てたものだそうです。熊山のような木々生い茂る深山のイメージで阿部山を訪れましたが、実際の阿部山は山の上にも畑がたくさんあり、わりと新しめの民家(農家)も目に付く、意外に開けた山でした。高山植物めいた(?)見知らぬ作物が一面に広がって、なんだか妙に異国風な光景でしたよ。これらが入植者の畑なのでしょうか。阿部神社は近隣入植者たちの氏神様的存在なのかもしれません。
安倍神社は、神社とは名ばかりの素朴な古跡で、文化財的なものはまったくありませんが、民間信仰の雰囲気を伝えるあまり加工されていない空間、という意味では、とてもいい感じの史跡でした。真備町や矢掛町の真備史跡と同じく、本人が現実に来たはずはないけれども、連綿たる人々の思いを通じて“その人”を感じることのできるスポットと言いましょうか。
一日がかりの大旅行になってしまって、運転手を務めてくれた白神さんには申し訳ありませんでしたが、苦労して訪れた甲斐がありました。ありがとうございます。楽しかった~!
地元の事が書かれていたので、思わずコメントさせて頂きました!私も小さい頃に祖母に連れられて安部に行った事があり、蛇の脱け殻を見つけて喜んでいたのをよく覚えています(笑)
そんな私でも知らない事をよく調べて書いていたので、非常に感心しました!これからも更新頑張ってくださいヽ(・∀・)ノ
長文駄文失礼致しました。
鴨方周辺には、吉備真備や安倍晴明にちなむ伝説の地がいろいろあるそうですね。金光町占見には(地名もスゴイ!)晴明の墓&道満の墓などがあるとか。のどかなフツーの地域なのに、妖しの伝説があると知っただけでなんだかワクワクしてきますね。
機会があったら、また訪問したいと思っています。