岡山のレトロ銭湯「鶴湯」訪問記 |
岡山市北区奉還町4丁目の「鶴湯」です。駅方面から行くと奉還町商店街のずっと奥、ゲストハウス「とりいくぐる」のちょっと先を北に曲がった所にあります。「とりいくぐる」がメインで入っているレトロ商家のリノベ複合施設「NAWATE」は、『街歩きノオト』第17号を書く際にたびたび取材させてもらったので、この辺りには何度も来ています。「鶴湯」は、「とりいくぐる」で宿泊客に真っ先に紹介する銭湯だとも聞いていました。
ただ、外観は超地味で、当時(2013年)岡山県公衆浴場組合HPを見てみても、内部写真はおろか詳しい情報が全く載っていなかったため、ちょっと入りづらくて未訪問のままだったのです。ディープ過ぎるガタピシ銭湯を想像して・・・。今回、組合HPを久々に見てみたところ、写真入りの詳しい情報が載っているではありませんか。戦前創業の、万成石が自慢の銭湯だとか。石でできた風呂は倉敷の「船五湯」や西大寺の「柳湯」で体験していますが(ともに既に廃業)、限られた地方にしかない古いタイプの貴重な銭湯です。それがこんな近所にあったとは! 灯台下暗し・・・これは急がねば。
↓ 「鶴湯」。外観はきわめて素っ気ない造りですが・・・。
暖簾をくぐって戸を開けると、いきなり脱衣場。それも「超」が付くほど明るくすっきりな・・・。レトロな外観からは想像できない空間です。番台に座る女将さんも、レトロ銭湯には珍しく60代くらいのスッとした綺麗なマダム。何もかも意外です。開店直後でしたが、先客が既に一人二人。どこも常連さんは早いですね。
外寄りの壁際に定番の木製ロッカーと古そうなベンチ、男女仕切り壁寄りに細長い台と木製のついたて、床の真ん中にぽつりとヘルスメーター、あとは玄関近くに観葉植物が少し置かれているだけ。本当に無駄なものがありません。しかも清潔感たっぷりにきれいに手入れされています。
↓ 「鶴湯」脱衣場(女湯)。古ぼけた感がほとんど無いのが逆にスゴイ!
↓ 男湯の脱衣場。こちらはレトロ喫茶店風のテーブル&椅子が置かれている。
浴室に入ると、ここもスッキリ空間。洗い場の床も主浴槽のふち(側面)も切り石でできていて、主浴槽の横に付属する小さめの浴槽と、主浴槽の内側には細かい水色のタイルが使われています。壁は白いタイルで、上部の漆喰部分も白ペンキ塗り。天井はペールグリーン。しかも塗りたてのようにくすみ一つない。実に清潔そうな浴室です。石のお風呂という超クラシックな銭湯を、こんなに快適に利用できるなんて! 「とりいくぐる」が宿泊客にここを自信を持ってお勧めする理由もよく分かりました。
↓ 「鶴湯」浴室(男湯)。天井までピッカピカ。
↓ 「鶴湯」浴室(女湯)。洗い場床の見事な石畳を見よ!
タイル画・ペンキ絵等の装飾は一切なし(浴場組合のポスターが貼られているくらい)。潔いまでのシンプルさです。しかし機能性は充分。外側の壁には湯・水のカランが並んでいるだけですが、浴槽手前の男女仕切り壁側に3個のシャワー栓が備え付けられています。ありがたい!
先客の常連さんがタイルのサブ浴槽から掛け湯していたので、掛け湯専用の湯船なのかと思い、石のメイン浴槽に入りました。と、これが結構高温。清心温泉も有楽温泉も(京都旅行で入った銭湯も)さほど高温ではなかったので、これには驚きました。東京の銭湯みたい! かなり我慢して浸かるという感じ。そして思い出しました。倉敷の「船五湯」の完全オール石製浴槽の湯も熱かったっけ。そういや船五湯のご主人が、石の風呂は一旦温まったら冷めにくいって言っていたな。
そのうち気が付くとその常連さんがサブ浴槽に入っていたので、掛け湯専用ではないようです。念のため聞いてみたらそう言っていたし。あとで女将さんに質問してみたところ、これは子供用浴槽なのだとか。もともと子供用浴槽はメイン浴槽の奥にあったそうですが、のちにそちらを取り払って、メイン浴槽のすぐ横に増設したのだそうです。昔は子供や赤ちゃんが大勢来ていたからねぇ、と話しておられました。
↓ 石のメイン浴槽(奥)とタイルの子供用浴槽(手前)。子供用は浅くて、
湯の温度も少しだけ低いらしい。大人が一人、洋風のバスタブのように
寝そべって入るのにちょうどいい。
今は子供の客はまったくおらず、むしろ高齢者中心なので、ベビーベッド(おむつ台)は改造してベンチにしました、とのこと。女湯脱衣場の仕切り壁際に置かれている2基の台がこれです(上掲2枚目の写真)。もともとは仕切り板が付いて一度に3~4人の赤ちゃんが寝かせられるようになっていたのを、柵と仕切りを取り払ってベンチ状にしたのだそうです。かつてはそのくらい大勢の赤ちゃんがひっきりなしに来ていたのですね!
子供連れが来なくなったばかりでなく、常連として残ってくれていた高齢者も、デイサービスを利用するようになったり老人ホームに入るようになって、銭湯に来なくなるケースが相次いでいる、と女将さん。同じような話を以前、倉敷「船五湯」の女将さんがしていたのを思い出しました。なんか寂しいですね。船五湯はそれで閉めちゃったのかな。
とはいえ、常連さんオンリーの「有楽温泉」と異なり、ここはわりあい飛び込みの客もあるとか。まずゲストハウス「とりいくぐる」の宿泊客。バイクで日本一周一人旅といった人や、定期的に出張でやってくるビジネスマン、試合で東京から遠征の高校生団体などなど、いろんな客が来ます、とのこと。駅に比較的近いからでしょうか。ここなら見るからに清潔そうで、銭湯初心者でも安心して入れるからいいですよね。
↓ 男湯脱衣場の木製ロッカーと旧式の体重計。
ロッカーは創業当初からのものだそう。標準的な木製ロッカーより奥行きが浅い。
常に手を入れてきれいにしておられるようだけど、基本部分は創業当時からのままだそうです。例のリーフレットには創業は大正時代と書かれていますが、それは間違いで、本当は昭和初めだそう。浴室の石はだだの花崗岩ではなく、「万成石」。岡山が誇るブランド石ですね。桜色がかった色味と高い硬度で知られる・・・。採れるのは、鶴湯からも近い矢坂山(関西高校の裏の山)。地元の特産品を贅沢に使った、岡山ならではの銭湯と言えます。女将さんによると、岡山市内に残る唯一の石の銭湯なのだとか。
石=花崗岩で湯船や床を作る文化は、大阪~神戸のエリアを中心に盛んだったようなのですが、それは御影石の御影(神戸市)など、産地が近いことに関係しているらしい。岡山県も古い銭湯には石を使っているところが多く、やはり産地が近いからでしょう。万成石のほか、笠岡市の北木島・白石島、矢掛町、岡山市の犬島など、有名な花崗岩産地が県内あちこちにありますよね。しかし、石の風呂を持つ銭湯は古いだけに廃業が相次いでおり、残っている銭湯は大変貴重です。
燃料は、現在は重油ですが、昔は薪だったとのこと。薪は常にくべ続けていないといけないので、お母さんの代の頃は、釜焚き専門に別に一人が従事していたそうです。煙突が見当たりませんね、と尋ねると、重油は煙がほとんど出ないので撤去しました、と。おお、潔い! あとで外に出て眺めてみたら、屋根の陰に小さな排気筒が見えました。
↓ 女湯側の木製ロッカー。こちらだけ左上部が面取りされている。理由は不明とのこと。
女将さんは物静かな雰囲気の方ですが、話し掛けたらいろいろと丁寧に教えてくださり、写真も快く自由に撮らせてくれました。人のいない時には男湯のほうも・・・。すごくスッキリ改装されているので、昭和初期のレトロそのままを期待していく人には少々物足らないかもしれませんが、石のお風呂はもちろんのこと、木製ロッカーや旧式の体重計、仕切り壁の鏡など、抑えどころにはしっかり古いモノが残されています。それもただ放置でずっとあるというのではなく、よく手入れされた状態で。
なんか今までにないタイプのレトロ銭湯かも。珍しい所へ行くんだ!と構えることなく、日常レベルで普通に利用できそう。本来銭湯とはそういうものなんでしょうけど。ここは奉還町でも最奥なので、駅まで歩いて帰るのがまた一苦労と思いきや、商店街を通るのは面白くて(まださほど遅い時間帯ではなかったのでほとんどの店が開いていた)、新しい店を発見したり野菜など日用品の買い物をしながら、ぶらぶらと歩くうちに駅に着いてしまいました。行き帰りの奉還町街歩きもセットで行きたくなる銭湯ですね。奉還町の楽しみがまた一つ増えて嬉しいな!
↓ 「鶴湯」入り口。暖簾は手持ちが複数あるらしく、2ヶ月毎に取り換えているそうです。
こちらの銭湯なんですね。番組中仰っておられましたが、万成石が使われているとは…。万成石といえば、銀座の和光ビルとか伊勢丹とか有名ですが、地元の銭湯に使われているとは、何とも貴重で、ある意味贅沢な作りですね。
この万成石、中銀本店のカウンターにも使われているということをかつて聞いたことがあるのですが、金融機関ゆえ防犯カメラもあり不審者と間違えられても困るので、未だ確認できておりません…。(ありゃ、銭湯でなくて万成石のコメントになってしまいました、ごめんなさい)
『街歩きノオト』第20号でレトロ公園探訪をした時に、平凡な児童公園の、無造作に積み上げられた石の竣工碑が万成石製というのもありました。地元ならではの贅沢な使い方ですね。
中銀本店のカウンターも万成石なんですか。確かに銀行って、用もなく入りづらいですよね。薬師寺主計作の以前の建物も、内部を見る機会がないうちに無くなってしまいました。すごく後悔しています。