丸亀が「ニッカリ青江」ですごいことに! |
行先は四国の丸亀。目的は、丸亀市立資料館の「ニッカリ青江」。
『街歩きノオト』第16号の取材で「青江の井戸」を訪れたのをきっかけに、備中青江の刀鍛冶の存在を知りました。中世に大いに栄えた刀鍛冶集団でありながら、その後急速に廃れてしまったため、備前長船のように現代まで広く知られることもなく、幻の流派となってしまった刀工集団です。ニッカリ青江はそんな青江の刀鍛冶が生んだ代表的な名刀。妖しくニッカリ笑う(ニッコリではない!)女妖怪を斬った刀という伝説を持っています。ニッカリという語感がいいですよね。ニッコリでもニヤリでもなく・・・。
↓ 倉敷市祐安の「青江の井戸」。青江の刀鍛冶が使ったと伝えられている。
最寄りの案内板が破損して撤去されているため、探しにくい。
↓ 倉敷市酒津にある、もう一つの「青江の井戸」。酒津といっても、
高梁川を隔てた八幡山の麓。かなりアクセスしづらい場所にある。
刀剣には全く興味がなく、博物館などで展示されていてもどれも同じに見えてしまって、さーっと見てオワリということが常でした。しかし、青江の刀鍛冶ゆかりの史跡「青江の井戸」を訪れ、「ニッカリ青江」の伝説を知ってからというもの、なんか妙な愛着が湧いてきて、博物館の刀剣展示コーナーでも思わず青江派がないか探してしまう始末。史跡とか歴史的遺物とか見るのに、思い入れって大事だなぁ、とつくづく思います。
そんなわけで、丸亀市立資料館に所蔵されているという「ニッカリ青江」実物も一度見てみたいものだと思っていました。岡山からそう遠くないわけだし。この秋、丸亀市資料館でニッカリ青江をフィーチャーした展示会が開催されると知り、これはいい機会だと楽しみにしていたところ、開幕と同時になんかすごく盛り上がっているとのニュースが飛び込んできました。人気ゲームとコラボしたのが大当たりしたらしい。
ゲームはともかく、あのニッカリ青江がそんなに脚光を浴びているなんて、これはぜひその晴れ姿を拝みに行かねば!と、喜び勇んで出掛けた次第です。
丸亀は、もうずいぶん前、瀬戸大橋が出来たばかりの頃に、観光遊覧船に乗るためだけに行ったことがありますが、その時は駅からフェリー乗り場に直行だったので、街はまったく見ていません。初めて同然の訪問です。丸亀市立資料館は丸亀城の敷地内にあるとのことで、とりあえずはお城を目指します。そびえ立つ石垣の上に建つ丸亀城天守閣は遠くからも見えるので分かりやすい。
立派なお堀を渡って大手門をくぐり、右へ行くと天守閣ですが、まずは左の道をたどって資料館へ。資料館は今どきの博物館・美術館のような大げさな施設ではなく、やや古びてはいるものの、それでもなかなか立派な建物。そして太っ腹なことに、入場無料です。玄関を入ると、いきなりこのようなゲームとコラボしたパネルが・・・。
↓ ゲーム『刀剣乱舞』の登場キャラクター「にっかり青江」のパネル展示。
左のイラストは、この展示会のための描き下ろしだそうです。
人気ゲーム『刀剣乱舞』(略して「とうらぶ」)に登場するニッカリ青江を擬人化したイケメン・キャラクターがこれ。ゲームの世界には疎いので詳しくは知らないのですが、日本刀の名だたる名品を擬人化したゲーム『刀剣乱舞』が火付け役となって、若い世代に刀剣ブームが来ている、という話題はそれなりに耳に入っていました。ニッカリ青江はニヒルな感じのカッコいいビジュアルになっていて、よしよしと思っていましたよ。このゲームが世に登場したのは2013年頃らしいので、私があれこれ調べていた頃には普通に刀の情報しかありませんでしたが、今は「ニッカリ青江」でネット検索するとこっちばかり出てくる(笑)!
2階展示室は普通にオーソドックスな展示でしたが、ニッカリ青江はやはり中央の一番目立つ場所に・・・。今回の展示会のタイトルは『京極家の家宝展』で、丸亀藩主・京極家に伝わる武具・絵画・文書などが展示されています。ニッカリ青江は脇差ということで、意外と小さいというのが第一印象でした。刀の良し悪しを判断できるような審美眼はまったく持ち合させていないので、刀自体をどうこう言えませんが、これが本物の伝説の名刀か~!と単純に感激。
解説によると、南北朝時代に作られた当初は太刀だったけれど、のちに切り縮められて脇差となった、とのこと。柴田勝家、豊臣秀吉・秀頼ら、多くの手を経て、京極家の所有となったそうです。歴代所有者も有名人だらけじゃないですか!
↓ こちらが本物の「ニッカリ青江」
展示室では、数人のグループ(若い人ではない)が解説役の人の説明を聞いていました。その後、幼児を連れた数組の親子や若い女性も来場。この手の地味な資料館の平日としては、上出来な入りと言えるでしょう。開幕早々の10月の三連休(10月10日~12日)なぞはすごい人出だったそうです。
展示を堪能したあとは、再び大手門のほうへ戻り、大手門近くの売店に入ってみました。市か観光協会かが運営している店らしく、観光案内所や丸亀うちわ作りの体験スペースも兼ねています。まあ、よくあるローカルな地味施設です。さすがに平日のせいか、私を含め3~4人しか客はいませんでしたが、連休中はニッカリ青江グッズを求める人たちで長蛇の列だったとか。とうらぶキャラの「にっかり青江」を配したオリジナルグッズ(クリアファイル2種と絵葉書)を購入できるのはここのみなので。一人当たりの購入数制限をしたにもかかわらず、用意したクリアファイルは数日で売り切れたそうです(現在は追加発注分が店頭に出ています)。観光協会スタッフのブログには、「丸亀城100年に一度あるかないかの賑わい」とコーフン気味に綴られていました。
この後、丸亀城名物の「扇の勾配」と謳われる見事な石垣を眺めながら、天守を目指しました。丸亀城天守閣は高々と築かれた幾層もの石垣のてっぺんにあります。天守の建物自体は、現存する天守閣のうち日本最小だとかでこじんまりとしたものですが、江戸初期の1660年に完成した時の建物、つまり本物です。もちろん国重文。
↓ お堀端から見上げた丸亀城天守閣
平日にもかかわらず、お天気が良かったせいか、城郭内(亀山公園)はそこそこの人出。こちらはどちらかというと年齢層高めでしたが。しかし、有料の天守閣内にまで入る人はさすがに少ないように見受けられます。せっかくなので私は入場しました。有料といっても、たった200円(大人)ですからね。しかも、入場記念に「京極家お宝カード」なるものもくれるというサービス付き。
現在は、ゲームとコラボの「ニッカリ青江」カードを特別に配布中(とうらぶキャラ「にっかり青江」のイラストが配されている)。丸亀市、太っ腹! 『刀剣乱舞』がらみの観光客は皆、カード欲しさにきっと天守閣にも入場するでしょうね。資料館は無料でも、うまいこと考えたな。損して得取れ作戦の丸亀市にあらためて感心しました。まあ、200円の入場料では大勢入ったところで維持費に対しては微々たる額でしょうが、儲けるというより、史跡を若い人たちにも親しんでもらう作戦として、上手だなぁと思ったのです。
日本一小さい天守閣は素朴な造りでワンルーム3層重ねという感じ。普通のリビングサイズの最上階(3階)で、思わずのんびりほっこりしてしまいました。しばらくの間一人きりで独占状態だったので・・・。眺望も素晴らしかったですよ。
↓ 丸亀城天守閣の最上階内部。天守閣というより櫓といった感じのサイズ感。
↓ 二の丸井戸。とてつもなく深いが、今も水をたたえているのが見える。
↓ 搦め手(城の裏門側)の石垣越しに眺める讃岐富士。
↓ 大手門(国重文)の2階は自由に入って見学できる(無料)。
丸亀城は、天守閣以外も、変化に富んだ石垣や門や井戸など見どころがいろいろあって大いに楽しめました。あまり神経質にならず、気前よく自由に見せてくれるのもいいですね。
丁寧に見ていたらキリがないけれど、適度なところでお城は切り上げ、残りの時間は丸亀の街並みを見て歩きました。丸亀は戦災に遭っていないとかで、古い建物もちらほら残っているようなのです。お城から駅方面に向かっていくつかのレトロ建物をたどりながら歩いていると、こんな個性的な洋風建築が!
上の写真に3軒写っている家屋のうち、右側のなまこ壁の建物は「寶月堂」という和菓子屋の店舗です。中央の洋風建築と左側の黒っぽい和風建築も、看板から察するにその和菓子店の所有らしい。そこでこの「寶月堂」に入って尋ねてみると、店にいたご主人が丁寧に説明してくれました。隣の建物は、元々は砂糖を商う商人が昭和初期に建てたもので、一見ビルのように見えますが木造3階建ての擬洋風建築だそうです。その後持ち主が手放したので、この和菓子屋さんが買い取り、作業場として使っているとのこと。建設当時、その砂糖商はとっても羽振りがよかったので、壁紙やガラス什器に輸入品を使うなど、すごく贅沢な造りになっているそうです。登録有形文化財に登録済みだそうで、重要文化財指定の打診も来ているとか。中を見せてほしいという建築家もよく訪れるそうです。
本当はこの店の建物のほうが古いんですけどね、とも。周囲の店が次々に取り壊されていくのを嘆いてもおられました(実際この時、斜め向かいの建物が解体工事中でした)。古い建物に誇りを持っておられる様子。個人で維持するのは大変でしょうが、こういう方に頑張ってもらいたいなぁ。
なんて思いながら、ふと店内を見回すと、ニッカリ青江のラベルのついた商品が・・・。麩焼きせんべいのパッケージに、「京極家の家宝展」の文字とニッカリ青江(キャラではなく刀剣のほう)の写真入りのラベルが貼ってあるというもの。私が目を留めたのを見て、ああ、それは、資料館から展示会に合わせて作ってほしいと依頼された商品です、とご主人。本当はもう一種類、もっと手の込んだコラボ菓子もあるのだけど、製造が追いつかないくらい売れて、今はHPからの予約だけにしてもらっている、と言います。
ご主人いわく、連休や週末は丸亀のホテルはもう満室ですよ、とのこと。宿泊するとは、そうとう遠くからも来ているんですね。一人旅の女性が目立つとか。思わぬ所で、『とうらぶ』コラボのヒートアップ情報を聞かされ、その盛り上がりのすごさを再認識した次第です。その売り切れのお菓子、いま一つイメージがつかめなかったので、帰宅してからネット検索してみたところ、写真付きの情報が『とうらぶ』ファンの間で飛び交っていました。いや~、ほんとにすごいことになっているわ~。鮎焼き風の和菓子(薄焼きのどら焼き皮を二つ折りにして求肥を包んだもの)で、三日月形のシェイプを刀に見立てたもののようです。
いろいろ興味深いお話を聞かせてくれた御礼の気持ちも込めて(・・・というには、ささやか過ぎる金額だけど)、「京極家の家宝展」ラベル付き麩焼きせんべいを一袋購入しました。美味しそうな本格和菓子もたくさん並んでいたので、今にして思えば、一つと言わず定番商品のほうも買えば良かったかも。詳細を知ったら刀剣型和菓子も欲しくなりました。見た目だけでなく、お菓子として美味しそうです。展示会が終わって一段落した頃にまた行こうかな。
↓ 今回の戦利品。ニッカリ青江づくし! 城内売店で買った絵葉書、
丸亀城天守閣でもらったカード、商店街作成のカード、資料館のチラシ、
「寶月堂」謹製タイアップ菓子の外袋、その中身(麩焼きせんべい)。
実は街なかのレトロ建物めぐりにもかなりの時間を割いたのですが、けっこう駆け足になってしまい、やむなく端折った場所もあるし、じっくり見られなかった建物も多々ありました。そういう点でも再訪したい街です。
私自身は「とうらぶ」ファンではありませんが、ニッカリ青江で盛り上がろう!という、街を挙げての雰囲気は大いに楽しめました。歴史ネタで楽しく遊びながら、史跡や遺物・古美術に親しむっていいですよね。もともと丸亀城もニッカリ青江も丸亀が擁する一流のお宝ですから、同じ町興しでも唐突なアートイベントとか映画祭みたいなムリヤリ感はないですし。そろばん勘定が前面に見えてしまうような興醒めな町興しと違って、ここではお城も資料館も商店街も、タダで見せてくれる、ちょっとしたモノがもらえるという部分が多く、そのおおらかさには逆に驚きました。(商店街による無料のポスター配布もあったらしい。)
帰宅してから改めてネットで調べたところ、地元商店街(の有志?)でもいろんなコラボ企画で盛んに動いているらしい。ポスターの無料配布の他、ニッカリ青江柄のうちわ作りワークショップ、「ニッカリ―うどん」なるコラボメニューの提供、Tシャツや抱き枕(!)の制作などなど。このブームに乗って大儲けしてやろう、って感じじゃなく、お祭り気分で自分たち自身も楽しんでいる雰囲気が伝わってきます。よくあるローカル地元商店街の例にもれず、ここも見た感じ決して活気あるとはいえず、明らかに斜陽の空気漂う商店街ですが、そこがにわかに活気づいているのですから応援したくなりますよね。
そういえば、街歩きの最中に出会った人たちは、「寶月堂」のご主人をはじめ皆、親切で温かい対応でした。岡山とはちょっと違ったような・・・。もちろん岡山の人たちもきちんと尋ねれば親切に応えてくれますが、丸亀の人たちには、気を利かせ先にたって何かしてくれるような雰囲気(押しつけがましいほどではない)が感じられました。おもてなし精神というか。あるレトロ建物(定休日だった)の写真を撮っていたら、そんな私を目に留めて「カーテンだけでも開けようか」って言ってくれたり、道端の石碑の意味を尋ねたら、もっと詳しい人を呼んでくれたり。そういう土地柄なんでしょうかね。付け焼刃の観光客対応ではこうはできないと思います。
というわけで、気分良く過ごせた丸亀訪問でしたが、丸亀を訪れた若い『とうらぶ』ファンたちも同様に感じたのか、ネット上にはそんな丸亀のおもてなしに好印象を抱いたコメントがいくつも見られました。機会があったら、また丸亀を訪れてもいいな、と思った人は多いのではないでしょうか。ブームそのものはたとえ一過性でも、たぶん一定の固定ファンは掴んだんじゃないかな、と感じました。
『京極家の家宝展』 平成27年10月10日~11月29日、於:丸亀市立資料館