ウワサの冷泉天皇(その2) |
楽しくスウィートなライトノベル『嘘つきは姫君のはじまり』シリーズを読破し、満足感に浸っていたら、もう一つ、冷泉天皇をモデルにした小説があるのを偶然発見しました。『えんの松原』(作:伊藤遊、福音館書店、2001年)という児童文学。児童文学といっても、かなり大きい子向けの本格小説で、大人が読んでもずっしり手ごたえのある作品です。
『嘘姫』シリーズでの冷泉天皇(憲平親王)が少年から青年へと成長する思春期真っただ中だったのに対し、『えんの松原』での彼は、11歳という思春期一歩手前の年頃。ちょっと熱が出たからといって床に付かされ、怨霊が出るといっては部屋に閉じこもらされる、といった超過保護な生育環境に加え、政争渦巻く周囲の大人たちの言動が影響して、心の平安を得ることができない気の毒な少年として登場します。
普段は素直で優しい良い子なのに、時々人が変わったように錯乱する東宮を見て、人々は亡き大納言・藤原元方の怨霊の祟りと噂し合う。元方とは、かつて皇太子の座をめぐって争い敗れたライバル皇子の外祖父。東宮とその外戚たちを強く恨みながら憤死したと言われる人です。そんな噂を聞くにつけ、深い罪悪感にさいなまれる憲平親王。自ら望んで就いた東宮位ではないにもかかわらず・・・。おまけに、同母弟・為平親王は成長するにつれて自分より優秀と目され、父母や臣下たちの期待を集めているらしい。自分なぞが東宮に就くべきでなかった、自分は邪魔者、厄介者なのだという自己否定感。・・・幼い時からこんな環境にいたら、だれだっておかしくなりそうです。
そんな東宮・憲平親王と出会うのが、宮中で下働きをしている13歳の少年、音羽。孤児のうえ奉公先をたたき出されて路頭に迷いかけたところを、唯一の知り合いである老女官に拾われ、一時的に宮中で働いているという設定。ふたりは偶然出会い、正反対の生い立ち・性格ながらすぐに親しくなります。音羽はある日、御所に隣接する「えんの松原」という暗い禁断の森に迷い込み、そこで恐ろしい怨霊たちの群れに遭遇。日頃、怨霊におびえている東宮を思い出し、何か自分にできることはないかと思い始めます。
一方、東宮が怨霊に襲われる度合いは日ごとに激しさを増し、人々は元方の祟りの凄まじさに震え上がる。その中でひとり、東宮を襲う怨霊の正体に疑問を抱いた音羽は、危険もいとわず「えんの松原」への潜入調査をくり返し、ある確信を得ます。東宮に怨霊の本当の正体を告げる音羽。二人はひそかに「えんの松原」に赴き、協力してその怨霊と対峙することに・・・。
作中では、敢えて平安時代の人間の目・感覚で、怨霊を実在するモノ・現象として扱っています。しかし、だからといってオカルト的な怪奇ファンタジーかというと、そうでもない。怨霊を普遍的な寓意としても受け取れるようになっていて、二人の少年の(思春期に踏み出す過程での)自分探しの葛藤と成長の物語としても読めるようにしてあるところがスゴイ!よく出来ています。興味深く一気に読ませるけれど、心にずっしり残るものも大きい。
作中では恐ろしげな暗い森として描かれる「えんの松原」ですが、平安宮にこんな所が本当にあったの?!と不思議に思い、ちょっと調べてみました。すると実在していたんですね! 平安京大内裏(宮城)内、内裏(御所=天皇の私的エリア)の西にあった、内裏に匹敵する広さを持つナゾの空き地だそうです。内裏を建て替える時のための予備の空間という説もあるそうですが、はっきりしないとのこと。ここで若い女性が物の怪に惨殺されたとか、肝試しに通り掛かった貴公子が怪しい声に怯えて逃げ帰った、とかいうエピソードが伝えられているのだそうです。
京都の怪しスポットの本はよく読みましたが、「えんの松原」知らなかった~! 現地の一画には、一応石碑と説明板が立てられているそうです。今は普通の街なかですが・・・。
そんなマイナーな歴史ネタを、こんな活き活きとした作品に仕立ててしまうのですから、作家の想像力・創造力ってスゴイ。冷泉天皇の有名なエピソードも、しっかり効果的に使われています。三種の神器の一つ、御璽(勾玉)の箱を勝手に開けようとして臣下があわてて押しとどめた、というのを、別の神器・鏡に変えて、音羽と東宮が出会う冒頭シーンに取り入れています。また、御所の番小屋の屋根に登ってしまったというエピソードも終盤クライマックスに登場。東宮が自己に目覚め、主体的に生きる決心をする大切な場面です。
思えば、この『えんの松原』にしても『嘘姫』シリーズにしても、冷泉天皇という人名は、本文にもあとがきにも一言も出てきません。まあ、周囲の実在の人物名やエピソードから、ここでの東宮のモデルがのちの冷泉天皇であることには間違いないのですが。そんなわけで、単純に「冷泉天皇」でネット検索しても、すぐにはこれらの小説は引っかかってきません。あれこれ適当に検索しているうちに、ほとんど偶然のように出会いました。我ながら暇人だな~。でも、こんなネタから十二分に楽しむことができました。
【付記】前回のブログに、「この時代の人物は安倍晴明関連の書物にもよく登場する」と書きました。花山天皇(冷泉天皇の実子)あたりをまっ先に思い浮かべてそう書いたのですが、さらに検索していくうちに、2002年の大ヒット映画『陰陽師』は、まさに冷泉天皇(憲平親王)が幼い時の東宮指名騒動周辺を描いているらしい、ということが判りました。憲平親王は、別腹のライバル皇子を蹴落として東宮の座についた結果、ライバル皇子の外祖父・藤原元方に恨まれ、祟られてしまう、というあのエピソードです。映画を見ていないので、知りませんでした。大ブームとなり話題になった映画だから、大勢の人に知られているのでしょうね。冷泉天皇はそんなにマイナーじゃないのかも!
へそ曲がりのせいか、陰陽師大ブームの時はこの方面、まったく無関心でした。この手の本を読むようになったのはここ3~4年。吉備真備伝説からそっちの方に行った、という流れです。晴明関連の本も、読んだのはほとんどが解説書で、小説はあまり・・・。有名な夢枕獏の小説と岡野玲子のマンガは、古本で安く出ていたのを何冊か買って読んでみたけど、感性が合わないのか、そんなにノレなくて途中で放り出したままです。こちらの小説やマンガのほうにも冷泉天皇のエピソード、出てくるのかな? そういう視点で、もう一度目を通してみることにします。