ウワサの冷泉天皇(その1) |
この話はクラスの皆に大ウケで、おっとりしているけどどこか抜けているいじられキャラの男子に「冷泉天皇」とアダ名が付いてしまったほど。以来、私の中では、物狂いの帝・冷泉天皇は忘れられないイメージに・・・。
しかし、よくよく考えてみれば、具体的にどういうふうに「変」なのか? ふと思い付いて、先日、ネット検索でお手軽に調べてみました。すると面白いエピソードが色々・・・。いわく、足が傷つくのも構わずに一日中毬を蹴り続けた、御所の番小屋の屋根に登って居すわった、病気で床に伏していたとき大声で歌っていた、御所の火事で避難するとき牛車の中で神楽歌を大声で歌った(庭のかがり火の唄だったらしい)、寒い日に着ていた衣装をお付きの人たちに分け与えてしまい自分は寒そうにしていた、などなど。
「変」とはいっても、何だかほのぼのするようなエピソードばかりじゃないですか。父帝からの手紙の返書に、チ●コの画をでっかく描いて送り付けた、というエピソードには仰天しましたが、5歳の時の話だそうだから、きっとクレヨンしんちゃんみたいな子だったのでしょう。こんな子いそう。
また、冷泉天皇が即位式を挙げる時、ちゃんと儀式に耐えられるか周囲は大いに心配したそうですが、意外や式の間中しゃんと姿勢を正してじっとしていたので、亡き右大臣(冷泉天皇の外祖父)の霊が心配して後ろから支えてくれていたに違いない、と人々はささやき合ったとか。
つまり、周りはハラハラしたでしょうが、実害のある人間ではなかった模様。むしろ、けっこういいヤツじゃん。憎めないキャラだったのではないでしょうか。
冷泉天皇は生後3カ月で皇太子に指名され、17歳の時、父・村上天皇の崩御を受けて即位。しかし、こういう状態の人だったためか、19歳で弟・円融天皇に譲位して上皇となり、以後離宮に住んで61歳で亡くなったそうです。当時としてはかなりの長命。弟・円融天皇、実子の花山天皇、甥の一条天皇より長生きしました。
母親は村上天皇の中宮(正妃)で藤原摂関家の娘。実は冷泉天皇には母の違う兄がいたのですが、藤原氏外戚のごり押しにより、兄を押しのけ生後わずか3カ月で皇太子に立てられました。が、結局いろいろ問題があったので、天皇即位後2年間であっさりお払い箱。冷泉天皇が「変」なのは、押しのけられた兄皇子の外祖父・亡き大納言の祟りに違いない、と陰口されたそう。本人のほんわかエピソードとは対照的に、周囲には藤原氏の野望が常にドロドロと渦巻いていたのですね。退位後長生きできたのが救いです。政争の濁流から離れて、ストレスなしの生活が幸いしたのかも。大好きな歌や蹴鞠を誰はばかることなく思いっきり楽しんだのかな。
言動が普通じゃないのでキモかった、とされる一方、もともとルックスは結構良かったので、問題がない時は帝らしいめでたい姿だった、とも記録されているそうです。また、御製の和歌も何作か伝えられており、素直な温かい作風なのだとか。身近な人々との私的なやり取りの歌であることから、代作ではなさそうとのこと。これらから、冷泉天皇は知的には問題がなく、今でいう発達障害のようなものだったのではないか、という推論もあるそうです。
さてさて、前フリがえらく長くなりましたが、調べていくうちに、そんな冷泉天皇をモデルにした小説があることが判明。これは興味津津です。『嘘つきは姫君のはじまり』というライトノベルのシリーズもの(作:松田志乃ぶ、集英社コバルト文庫、2008~2012年)。古本で安く出ていたので、全13巻を大人買いして、この夏一気読みしました。
↓ 表紙画は思いっきり少女漫画してますが、小説(ラノベ)です。
金髪(!)みずらの美少年が東宮さまこと未来の冷泉天皇。この驚きだけでも買い!
ティーン女子向けのラブコメ風作品なので気軽に読めますが、侮るなかれ。時代考証もそれなりにしっかりしていて、文字びっしりのなかなか密度の高い小説です。平安時代、村上天皇の治世が舞台で、登場人物は、アレンジも多々入っているものの、ほぼ実在の人物。没落貴族の平凡な女房(侍女)だった主人公が、藤原氏の野望に巻き込まれ、藤原摂関家の姫君の代役に仕立て上げられて、東宮(皇太子)妃候補として宮中に送り込まれる。が、ひょんなことから、当の東宮に見染められ・・・、というシンデレラストーリー。ヒロインには幼馴染の許婚者がおり、また、自分はニセモノ姫でしかないため、東宮に心惹かれながらも恋を受け入れることができない、という葛藤がシリーズ後半にはたっぷり描かれハラハラさせられます。しとやかな姫君になりきれないお転婆なヒロインが巻き起こす(巻き込まれる?)様々な騒動が織り挟まれ、長いけれど飽きさせない作りのお話でした。
ここでの東宮(後の冷泉天皇)はアッと驚く麗しの王子さまぶり。少女にも見まごう十代半ばの繊細な美少年。なんたってヒロインの相手役だからねぇ。狂気なのではなく、幼い時から政争の駒として弄ばれる自分の立場に嫌気がさして、今で言う引き籠り状態に陥っているという設定。周囲に心を閉ざし、動植物にしか関心を示さず、御所や離宮の庭をふらふらしているばかりの困った皇太子、ということになっている。心に傷を負うそんな東宮が、姫君らしからぬヒロインの素朴で明朗な人柄に触れて恋を知り、それをきっかけにしっかりとした自分を取り戻していく、というのも読ませどころの一つとなっています。
史実を基にしながらも、こう来たか!と唸らせる料理術。いくらなんでも当時の姫君や皇族がこんなふうに自由に動き回れないだろう、とか、当時の貴族・皇族層に恋愛結婚なんてありえないだろうなぁ、といった突っ込みはいくらでも入れられそうですが、そこはまあ、エンターテイメント小説だから大目に見るとして・・・。あえて史実を曲げて、恋の行方をハッピーエンドに仕立ててあるところは、ガールズノベルの面目躍如ですね。大甘だけど後味良い読後感でした。
とはいえ、史実に関心のある私としては、せっかく帝としての責任感に目覚めた東宮さまだけど、即位後たった2年で退位させられてしまうんだよね、とか、ヒロインのモデルと思われる冷泉天皇女御は世継ぎをはじめ3人の子に恵まれたものの、自身は30歳という短命に終わり、子どもたちや孫たちもあまり幸せな人生でなかったはず、とちょっと複雑な気持ちになってしまいます。現実は厳しい・・・。当時の高貴な女性はストレスやら出産の危険やらで短命な人が多かったようだし、あまり有力じゃない(強力な後ろ盾のいない)皇族は得てして可哀想な人生だったようだから。
『嘘姫』シリーズにヒロインの親友として登場する藤原兼通の長女・媓子なぞは、史実を見てみると、当時としてはかなり年食った26歳で12歳年下の円融天皇(冷泉天皇の弟)に嫁し、中宮(正妃)とされたものの、子がないまま32歳で亡くなっています。完全に父の政治的野心の持ち駒という感じの人生です。哀れ・・・。
『嘘姫』作者が、媓子(作中では有子)の恋の行方を、敢えて史実に反してハッピーエンドの方向に持っていった気持ちも分かります。そうでもしなきゃ、やり切れないものね。『とりかへばや』や『虫愛でる姫君』的な姫君たちが次々に登場する『嘘姫』シリーズですが、当時の人々だってそうやって(風刺物語を書いて)同情したくらいなんだもの、現代女性たる作者がせめてライトノベルの中でうっぷんを晴らせてあげた、というところなのでしょう。
この時代の天皇や貴族たちの名は、安倍晴明についての書物を読んでいるとしばしば目にする名です。これまでは特に何のイメージもなく、記号のように読み流してきた名前の数々ですが、これをきっかけにどんな人物かよく知ることができました。これからは同じ話も、もっとイメージを膨らませて読むことができそうです。
長くなりましたが、もう一つの小説については、また日を改めて・・・。