念願の「吉備大臣入唐絵巻」を見る! |
12世紀末頃に作られたというこの国宝級の絵巻は、大正時代に海外流出してアメリカのボストン美術館の所蔵となり、以来、日本国内では滅多にお目にかかれる機会はないのです。日本で里帰り公開されたのは1964年、1983年、2000年、2010年、今回2012年のみ。うち、2000年と2010年は一部だけでした。よって全巻公開はたった3度! 2010年を見逃し実物未見の私には、生きている間に見られるかどうか(大げさ?)…ぐらいの悲願だったので、このたびのチャンスはホント、涙ものの幸運。
…と意気込んだわりには、展覧会での扱いは one of them といった感じで、まあ、他の出展品もすごいモノ揃いというせいもあるのでしょうが、いまいち目立ってなかったような…。ともあれ、平日にもかかわらず、会場はものすごく混んでいました。年齢層かなり高かったけど。東京ではだいぶ宣伝しているようだし、そういう年代の人に、ちょっとしたブームになっているんでしょうかね。開館10分前くらいに行ったのにもう結構並んでいて、百人くらいずつ区切って入場させるのですが、第一団では入れませんでした。入場と同時に、まず目当ての「吉備大臣~」コーナー(第2室)に走ったのですが、すでにここもガラガラという状況ではなかった! 長い絵巻をひと通り見て、もう一度よく鑑賞しようと絵巻の冒頭に戻った時には、列はぎゅうぎゅうでちょっとずつしか動かないという状態。まあ、動きが遅い分、ゆっくり見られるのはいいのですがね。 ↓ 「吉備大臣入唐絵巻」の絵はがき(4枚組セット)
以前何度かブログでも書いたように、この絵巻は、陰陽道的超能力を持った遣唐使・吉備真備の伝説を描いたものです。 真備が実際に生きた時代とこの絵巻が描かれた時代とでは400年以上の隔たりがあるのですが、その間に超人マキビ伝説が形成されていったらしい。各地に今も残る真備ゆかりのスポットは、大体この手の伝説に基づいている場合が多いです。
作られた時代を反映して、絵巻の中の真備は平安貴族のようなルックス。真備町や矢掛町の銅像のような奈良時代ファッションじゃないので初めは少々違和感ですが、まあ、これはこれでいいのではないでしょうか。展覧会の解説によると、主役の吉備大臣の顔にだけは希少な高級顔料(絵具)を使っているそうで(その他の人物の顔には普通の白顔料を使っている)、主役は特に輝かしく高貴に見えるよう描き分けているのだそうです。
ところで、展示では絵巻のストーリーがわかるように、所々にあらすじ的場面解説が掲げられているのですが、そのあらすじが簡単すぎて、かえってストーリーの本質が伝わりにくいようなのが気になりました。
小耳に挟んだ見学者の感想①「昔もカンニングってあったのね。」(← 「文選」を盗み聞きするシーンで) カンニングじゃないって! 説明文が「出題内容を論じているのを盗み聞きする真備たち、云々」だったからかな。学者たちの「文選」勉強会を盗み聞きする、というのが本当のはずです。試験問題だけ聞き出して簡単にオッケーという話じゃなくて、初耳の超難文全体をできるだけ頭に入れるという真剣頭脳勝負なわけです。
見学者の感想その②「天井見て一晩練習するくらいで、囲碁ができるようになるのかしらね~。」(←囲碁勝負の前夜、ルールを覚えたばかりの囲碁を、碁盤に見立てた格子天井で猛練習するシーンで) このあと、碁石を飲み込んで(イカサマして)勝つシーンがあるだけに、ストーリーの緊迫性がいまいち伝わらないのかも。覚えたてなのに唐の囲碁名人と堂々互角の勝負をして一進一退勝負がつかない…、でも勝たないと命がないので、ついに碁石を飲み込んでしまう、という展開なのですが。
そもそも吉備大臣がすごい優秀な頭脳の持ち主だという前提が強調されていないのが片手落ちです。あの超簡単なあらすじでは、いつも姑息な手段で勝利する小ずるいオッサンにしか映らないよ~。
真備自身の優秀な頭脳と超能力、仲麻呂の幽鬼の援けとミラクルで、次々と付きつけられる意地悪な難問難題を切り抜ける、という痛快ストーリーが、初めて接する人にどれだけ伝わったでしょうか。絵巻物は横にとても長いので、解説掲示スペースは充分あるわけだし、混んでいてゆっくりしか進まないので読む時間もたっぷりある。もう少し詳しいストーリー解説があってもよかったのでは、と思いました。詞書きの現代語訳もなかったし…(これがあると絵がもっと楽しめるのに!)。面倒くさいから読まないって人は読まなければいいわけで、とりあえず掲示しておくってわけにはいかなかったのかな。
肝心の、実物を見た感想を書いていませんでしたね。ツルッとした上質紙にくっきり印刷されている画集を見慣れている目には、実物はマット調で(和紙だから当たり前!)色調も意外と淡いという印象でした。作品保護の関係でしょうか、照明も暗めなので、よく目を凝らして見ないと…という感じ。古い絵巻物ってみんなこんな感じなのかな、とも思いましたが、もう一つの出展作「平治物語絵巻」(13世紀の作)は輪郭線も色彩もくっきりはっきりだったので、これは作風かもしれませんね。
しかも「吉備大臣入唐絵巻」は、余白の多い作品なので全体に地味な印象。くっきりした色調で人馬や建物や炎がぎっしり描き込まれている「平治~」に比べると、ちょっと寂しい。しかし、人物一人一人に注目すると、「平治~」はどことなく生硬な感じがしないでもないのに対し、「吉備大臣~」のほうは描線に勢いがあって洒脱な感じです。登場人物が活き活きしている。特に従者や下っ端役人たちの仕草や表情が堪りません。「何だ、何だ!」と野次馬のごとく駆け付ける人、コーフンして声高に会話する人、指差し薄ら笑いで何やら噂話する人、「ヒャー!」と驚きながら高楼内を覘きこむ人、鼻を押さえしかめ面で「臭い仕事」をさせられている可哀そうな人たち…。アメリカ製カートゥーン(お笑いアニメ)とかにそのまま出て来そうな面々です。思わず全部に吹き出しセリフを付けてしまいたくなる…。
このセリフを付けたくなるという衝動は私だけではないようで、『ボストン美術館展』公式HPの「吉備大臣~」みどころ紹介でも、セリフ仕立てのあらすじ説明文が添えられています。ちなみに会場の説明文はもっと真面目な(?)感じでした。詞書きの現代語訳を掲げないのなら、このセリフ方式のあらすじ解説のほうが雰囲気出たかも…。
さて、展覧会鑑賞の後は(他の出展作品については省略!)、お楽しみのグッズ販売コーナーへ。ところが、「吉備大臣~」グッズがビックリするほど少ない。クリアファイル、各種お菓子(箱や袋の外装に出展作品が使われている)、ストラップ、マグネット、手ぬぐい、一筆箋、ブックカバー、トートバッグ、…etc. とにかくこれでもかってくらい種類豊富なのに、「吉備大臣」ものは絵ハガキ・グリーティングカードの他は、A5クリアファイル(裏面のみ。表面は「平治物語絵巻」という抱き合わせ商品)とフリスクケースだけ(涙)。フリスクあまり食べないけど(ミンティア派なので)、唯一の貴重な「吉備大臣」単独グッズなんで購入しました。早速フリスク買って使ってます(中身食べきったら、ミンティアに入れ替えようかな)。
今これを書いている時に、公式HPで確かめたら、「吉備大臣」マグカップも出ていました。どこにあったんだろう?これは不覚!…超混んでいたからねぇ。絵柄はフリスクケースと同じみたいです。フリスクケースのほうが持ち歩けるから(秘かに見せびらかす?)結果的にこっちで良かったとも言えそうですが。 ↓ 「吉備大臣~」柄のフリスクケース。激渋!
「吉備大臣入唐絵巻」がなぜ海外流出してしまったかというと、大正時代、旧大名家の持ち主が売りに出した時、国内では9年間もまったく買い手が付かず、そんならウチが…とボストン美術館に買い取られて行ってしまったからなのだとか。茶席に適した作品が喜ばれていた当時の日本美術市場では、「吉備大臣~」は人気が無かったらしい。今回の展覧会グッズにもあまり使われていなかったように、確かにこの絵巻って、飾って綺麗とか可愛いとか華やか、あるいはワビサビとかいう感じじゃないからねぇ。正座で空飛ぶ人&鬼とか、一見中国風だけど古代出雲大社ばりの超高床式建物とか、フシギ図柄のオンパレードだし。(私はそこが好きなんだけど!)
国宝級の「吉備大臣~」が海外流出した後でやっとコトの重大性に気付いたニッポンは大騒ぎとなり、これがきっかけで現在の「文化財保護法」が誕生したそうです。エヘン!そういう意味でも結構有名な作品なのだよ。まいったか~!
それにしても「吉備大臣」柄のフリスクケースなんて~…。
し、渋すぎる…。今度見せてね♪
『後白河上皇 「絵巻物」の力で武士に勝った帝』(小林泰三・著)という本には、この絵巻が作られた理由として、次のような2点が挙げられていました。1.日宋貿易が盛んだった当時、日本の海外進出力や優位性をアピールしたかったため。2.民間信仰のパワーに関心のあった後白河上皇にとって、陰陽道の祖・吉備真備の物語は大変魅力的だったから。…だそうです。
後白河上皇って地獄草紙や餓鬼草紙も作らせていますよね。ダークな妖しの世界が好きだったのかな。