門田文化町の火事! |
「14日午後3時10分頃、岡山市中区門田文化町、〇△さん方から出火、木造2階延べ約160平方メートルを全焼した。周囲にも燃え広がり、北隣の民家2階の雨どいや西側の山林約50平方メートルを焼いた。(中略) 現場は市中心部近くの山あいにある住宅地。ポンプ車や救助工作車など12台が出動したものの狭い坂道のため近寄れず、消火活動は難航。消防ヘリで上空から散水するなどして対応し、約1時間後に鎮火した。」
…ってこれ、『街歩きノオト』第5号で取材した、坂道のレトロ住宅街のあたりじゃないですか!多分。笠岡伏越の旧・岡部医院(元・遊郭の建物。『ノオト』第6号取材後、火災で焼失)の悪夢が思わず脳裏をよぎりました。ちょうど今日、そちら方面に行く用事があったので、少し回り道をして行ってみることに…。
『ノオト』のために取材したのはちょうど3年前。ここしばらくはそっち方面を歩いておらず、久々の訪問です。すっかり変わっているのではないかと、ドキドキしながら歩いて行きました。玉井宮の南側山裾をたどり、石灯籠や石仏が建つ一画を少し過ぎた所から、急坂の脇道に入ります。常住寺の前を通って国際ホテルに向かって一直線に上る細い道です。上るにつれて視界に入ってきた山あいの住宅地は、一見したところ以前とそれほど変わっていません。とりあえずはホッとしました。常住寺の前を過ぎ、住宅地のほぼ最端部と思われる丸石の石垣が印象的な民家(『ノオト』第5号、6ページの写真)のあたりまで行ってみましたが、火事現場は見当たらず。そのあと、道の東側一帯をうろついてみましたが、よく分かりません。出会った人2~3人に聞いてみましたが、人によって説明がまちまちで、火事があった場所は結局分かりませんでした。
最後に出会った、これから火事現場を見に行くという二人連れの話では、岡大附属中グラウンド越しに見えた火の手の位置から推測して、常住寺前の道を上って右側(南西側)じゃないか、ということでした。確かに、以前来た時、丸石の石垣の家の反対側に斜面を下りる小道があって何軒か家があったような。しかし、坂道を何度も往復して既にかなりへたばっていたこともあり、もういいや、と断念し、本来の目的地に向かいました。
ところで、何度も名前を出した常住寺ですが、『ノオト』第5号で訪れた時にはすでに無住の破れ寺だっただけに、今も果たして山門やお堂はあるだろうか、よもや更地になっていたりして…、と心配でした。幸い、門も本堂もまだありましたが、ちょっとした異変が! 本堂の屋根がすっぽりトタン板で覆われているのです。無粋な光景ではありますが、とりあえず保護しようとしているらしいことは明らか。
以前、県立博物館の人に聞いた話では、このお寺は現在無住だが、確か金山寺が管理しているとのことだったので、廃寺ってわけではないらしい。常住寺は元は岡山城近くにあり、岡山藩主・池田家の祈祷所だったという由緒あるお寺。ここの立派な仏像は現在、県立博物館に寄託されています。なんでそんなスゴイ歴史を持つお寺が注目されることもなく人知れず打ち捨てられているのか、ずっと不思議に思っていましたが、この様子から推測すると放置されているわけではなさそうです。本山の金山寺か県立博物館による応急処置でしょうか?もっとひどくならないうちに修復がかなうとよいのですが…。
↓ 2009年1月、『ノオト』第5号で取材した時の常住寺。既に無住。草木ぼうぼう。屋根瓦が波打っている。
↓ 1998年9月に撮影した常住寺。本堂左側のお堂が取り壊されている最中でした。この頃はまだ